舞台裏06-02 地方
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それから三十分後。
国王の執務室に、第三騎士団の団長であるアルベルトと、宮廷魔道師団の師団長であるユーリが呼び出されていた。
執務室の応接セットに座る二人に、宰相がクラウスナー領へ騎士団を派遣する予定であることを説明する。
両名供、騎士団を他領へ派遣することは予想していたのか、特に反応を示すこともなく、話を聞いていた。
しかし、クラウスナー領に西の森と同様の瘴気の沼が発生している可能性を宰相が示唆すると、無表情だったアルベルトの片眉がぴくりと動いた。
「セイ様を派遣、ですか」
「そうだ。現状、彼女以外にあの瘴気を消せる術を扱える者はいまい」
「そうですね」
アルベルトが僅かながら表情を動かしたのに対し、ユーリは顔にいつもの微笑を貼り付けたまま宰相に問いかける。
返ってきた宰相の言葉は、ともすれば魔法を極めるユーリの矜持に傷を付けるようなものであったが、表情を変えることはなく、返事もあっさりしたものだった。
表情を変えたのは、続いたユーリの言葉を聞いた宰相の方だった。
「しかし、彼女自身もあの術を自由自在に扱えるという訳ではありませんが」
「自在に使えないとは……」
「正確に言えば、あれ以降【聖女】の術を発動できたことはありません」
西の森から帰ってきてからというもの、セイが再び術が使えなくなっているという話は、国王と宰相の元へもユーリから報告が上がっている。
そして、その報告以降、セイが術を使えるようになったという報告は上がってきていない。
けれども、使えるようになったのではという、淡い期待があったのだ。
それが覆ったことで、宰相は微かに表情を曇らせた。
「術が使えない以上、セイ様の派遣は時期尚早では?」
幾分固い声でアルベルトが口を開く。
結果的には怪我をしなかったが、西の森でセイの身が危険に晒されたことはアルベルトの身を竦ませた。
今回の遠征にセイが参加するとなれば、再び同じような状況になる可能性は否定できない。
ましてや、王都周辺とは異なり、クラウスナー領の地理も状況もよく分かっていない状態だ。
西の森よりもクラウスナー領の方が危険性は高いだろう。
それ故、心の中では、このままセイの派遣がなくなることを望んでいた。
アルベルトがセイを心配し、派遣に反対であることに気付いた宰相は、顎に手を当てて考え込んだ。
クラウスナー領に瘴気の沼があったとしても、セイが術を使えないのであれば、派遣したところで問題の解決にはならない。
派遣しても無駄になるのであれば、諸々の安全性を考慮し、セイには目の届く王宮にいてもらう方がいいだろう。
しかし、事はそう簡単ではなかった。
国難に際し団結しているが、貴族にも派閥があり、厳密には一枚岩ではない。
国全体よりも自分達の利益を重要視し、時には王宮の意に反する者達もいる。
王都周辺の危機が去った今、地方に対して王宮が援助する姿勢を見せなければ、そのような者達は声高に王宮への批判を叫ぶだろう。
王宮がいざというときに助けないとなれば、今まで王宮の味方になっていた貴族達も離れていってしまうかもしれない。
支援する姿勢を見せるだけであれば、騎士団を派遣するだけでもいいだろう。
一時的な効果にしかならないかもしれないが、周辺の魔物が減るのは間違いない。
ここで問題になるのは、魔物に対しての【聖女】の有用性が、既に貴族達に知られてしまっていることだ。
宰相としても、騎士団のみの派遣で済むのであればそうしたいところだったが、その場合は問題の解決までに時間が掛かる。
しかも効果は一時的なものだ。
【聖女】の術であれば、問題が解決するのは言うに及ばず、更に時間も掛からない。
そのことは西の森で実証済みだ。
それにもかかわらず、騎士団のみを派遣すると言えば、自分達の利益に重きを置く者達は納得しないだろう。
宰相は落としていた視線を上げると、徐に口を開いた。
「いや、セイ様には出ていただく」
「術が使えないのにですか?」
「既に術が使える使えないの問題ではないのだ」
アルベルトの視線が険しさを帯びるのを認めた宰相は、何が問題であるのかを説明した。
その上で、今大事なのは【聖女】を派遣することであり、術が使える使えないは問題にはならないとも。
宰相の話を聞いたアルベルトは、はっきりと表情を歪め、眉間に皺を寄せた。
「セイ様が向かわれることが重要なのだ。術が使えないからと派遣しなかった場合は、確実に領地持ち達から突き上げを食らうぞ」
「そうは仰いますが、向かったところで術が使えなかったならば、結果は同じではありませんか?」
「確かに王宮に戻ってきてからセイ様が術が使えなくなったとは聞いている。だがそれは、必要に迫られていないから使えないということはないか?」
「それは……」
宰相の言葉にアルベルトは口篭もる。
【聖女】の術については未だ謎が多く、分かっていることは非常に少ない。
それ故、宰相の言うとおり、西の森のときほど必要に迫られていない、具体的には浄化する対象が存在しないことから術が発動しないだけとも考えられた。
薬用植物研究所でも【聖女】の術が発動したという話はあったが、宰相はそれを考慮に入れていなかった。
術の対象が瘴気ではなく薬草だったことから、浄化の術ではない、別の術ではないかと考えていたためだ。
結局のところ、現状では【聖女】の術の発動条件がどのようなものなのか明らかになっていない。
宰相としても、現在の状況でセイを派遣することは大きな賭けだと認識していた。
クラウスナー領にセイを派遣したところで、【聖女】の術が使えるかどうかは保障されていないのだから。
それを理解していながらも、様々なことを考慮すると、もはや派遣しないという選択肢が取れなかったのだ。
アルベルトも、宰相のいう問題については理解していたが、やはり現在の状況でセイを派遣することには納得ができなかった。
クラウスナー領に行ったところで、セイが術を使えなければ迅速に問題を解決することは難しいだろう。
騎士団である程度対応したとしても、時間はかかると予想された。
結局後々になって貴族達から批判を受けるのではないか。
自分達が批判を受けるならばまだいいが、そうではなく、矢面に立つことになるのはセイではないか。
悪い予想ばかりが次から次に浮かび、十全ではない状態でセイを派遣することに非常に不安を覚えた。
そして尚も食い下がろうと口を開きかけたアルベルトを遮るように、それまで黙して話を聞いていた国王が口を開いた。
「クラウスナー領にセイ殿を派遣する」
それは鶴の一声だった。
期待する決定ではなかったが、アルベルトは拳をぐっと握りこみ、喉元まで出かかった言葉を飲みこんだ。
国王が決めた以上、この場での結論は出てしまったからだ。
一度仕切りなおして、どうにかセイの派遣を阻止しよう。
そう心の中で決めて、アルベルトはユーリと共に国王の執務室を後にした。
今年は二月にこの作品が書籍化されるなど、色々と動きのある年でした。
正直に言うと辛いときもありましたが、続けてこれたのはお読みくださり、温かいお言葉をかけてくださる皆様がいてくださったお陰だと感謝しています。
本当にありがとうございました。
お陰様で、来年の二月にはComic Walker様の方で連載中のコミックが単行本となり、発売されます。
Amazon様の方では予約が開始されているようです。
藤小豆先生が描かれる聖女の世界は本当に素敵なので、ご興味のある方は是非お手に取ってみてください。
今年も一年、本当にありがとうございました。
また来年もよろしくお願いいたします。