41 旅立ちの兆し
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「あれ?」
ポーションの入った箱を抱えて研究室の廊下を歩いていると、団長さんが馬に乗ってやって来るのが見えた。
所長に用事かしら?
珍しい。
騎士団絡みの話をするときは、大抵所長が騎士団の隊舎に赴いている。
ホーク様が研究所に来るなんて、私を送ってくるときくらいじゃないかな。
「やぁ、セイ。ヨハンはいるかな?」
「こんにちは。所長なら所長室にいますよ」
「ありがとう」
研究所の入り口を通りかかると、丁度入ってきた団長さんと一緒になった。
やはり所長に用事があったらしく、所長室にいると伝えると、勝手知ったる場所というように、真っ直ぐに所長室に向かった。
話は長くなるのだろうか?
慣れているとはいえ、馬に乗ってきたのだから喉が渇いているかもしれない。
そう思って、私はポーションを運んだ後、お茶を入れるために食堂に向かった。
「失礼します」
所長室のドアをノックした後、入室の許可を待ってから部屋の中に入る。
二人してこちらを向いたけど、何だか険しい表情をしている。
団長さんが研究所に来てまで話すことだ。
何やら良くない話か、難しいことでも話していたのかもしれない。
団長さんと所長。
第三騎士団と研究所のトップが話すことだ。
素より私が聞いていい話ではないだろうと思い、ティーカップとお茶請けのクッキーを載せたお皿を置いたら、すぐに立ち去ろうと思っていた。
しかし、退室しようとしたところで所長に呼び止められた。
「お前も一緒にどうだ?」
「大事なお話をされていたのでは?」
「それはもう終わった」
表情を改め、いつもの顔に戻った所長に誘われた。
大事な話は終わったらしいけど、私がいてもいいんだろうか?
そもそも、仕事中なんですけど。
それに、お茶をするならするで、自分の紅茶も取りに行きたいところだったりする。
…………。
まぁ、いいか。
紅茶を取りに行くのは諦め、所長の隣に座る。
ふと団長さんを見ると、紅茶を一口含んだところだった。
こくりと飲み込むと、眉間に寄っていた皺が薄れる。
クッキーを口に入れた辺りで、こちらもいつもの表情に戻った。
私が心配するようなことではないのかもしれないけど、やはり難しい顔をしていると心配になる。
それも二人揃ってだ。
何となく良かったと一人満足していると、団長さんとパチリと目が合ってしまった。
しまった。
またうっかり見つめてしまった。
甘やかに目が細められるのを見て、恥ずかしくなって、慌てて視線を逸らした。
「あー、俺の存在を忘れてないか、お前達」
「いえっ、そんなことはありませんよっ!」
所長の呆れを含んだ声に反論をしたけど、説得力はないだろう。
本当に忘れていなかったとしても。
「アルが暫く王都を離れることになったそうだ」
「えっ?」
慌てる私を尻目に、所長は唐突にそう切り出した。
思わず団長さんを見ると、団長さんは困ったように微笑んだ。
「最近は王都周辺も落ち着いてきたからな。今度は地方に行くことになったんだ」
「落ち着いてきたっていうのは魔物ですか?」
「そうだ」
「もしかして、第三騎士団の全員が移動になるんですか?」
「残る者もいるが、大半が地方に遠征に行くことになる」
遂に来たかというのが、最初の感想だった。
季節は間もなく春を迎えることもあり、移動するには丁度いいだろう。
状況を省みれば仕方がないとは思うものの、不安からか体が緊張する。
西の森に行ってから暫く経っていたこともあり、少し気が緩んでいたのかもしれない。
あの討伐から既に数ヶ月が経っている。
私達が戻ってきた直後から王都周辺の魔物の湧きは急速に落ち着いたと噂になっていた。
騎士団の人達も実感はしていたのだけど、王宮は念のために暫く様子を見ていたらしい。
そして、数ヶ月経った今でも、魔物の湧きは減ったままだということを確認したそうだ。
この結果をもって、王宮では王都周辺はもう大丈夫だろうという雰囲気が広がっている。
王都周辺が落ち着いたという話が王宮中に広がると共に、文官さん達に多くの要請が舞い込むようになった。
各領地を治めている貴族達から自分達の領地に騎士団を派遣して欲しいという要請だ。
地方でも以前の王都周辺と同じように、魔物の湧きが増えていて大変なんだそうだ。
要請をしてきた貴族達も何もしていなかった訳ではない。
元々、王都以外の地方では傭兵団を雇い、領地内の魔物の駆除を行なっていた。
近年の魔物の増加に対しても、駆除の回数を増やすことによって、何とかバランスを保っていたんだとか。
ただ、限度はある。
最近では、魔物を討伐する速度が湧く速度に追い付かず、限界を迎えているんだそうだ。
「どちらへ向かわれるんですか?」
「差し当たっては、クラウスナー領だな。そちらへ向かいつつ、途中の領地の様子も見てくる予定だ」
「クラウスナー領? あの薬草の?」
「そうだ」
最近よく見聞きする地名が出たので驚いた。
クラウスナー領って言うとあれだ。
このところ研究所でも話題に上がっていた薬草の産地として有名な領だ。
そこから薬草が殆ど出荷されなくなったせいで、研究所ではポーション作製禁止令が発令されている。
やはり、そのことが王宮でも問題になったのだろうか?
その疑問には所長が答えてくれた。
「やっぱり薬草が王都に入って来ないのが問題視されているらしい」
「そうなんですか?」
「あぁ。実際ヨハン達も困っているだろう?」
「俺達もだが、騎士団もじゃないか?」
「そうだな。魔物が減ったとはいえ、出なくなった訳ではないからな」
団長さんも言うとおり、魔物がいなくなった訳ではないので、各騎士団は頻度を落としてはいるものの討伐には行っている。
ポーションが必需品なのは相変わらずだ。
そういう訳で、薬草不足の影響は研究所のみならず騎士団にも出ているらしい。
だからこそ、王宮も騎士団を地方に派遣することを決めたのかもしれない。
「それで、出発はいつ頃になりそうですか?」
「準備もあるから二週間後くらいになりそうだ」
「分かりました。それじゃあ、私もそれまでに準備しますね」
「「準備?」」
私の言葉に、団長さんと所長が怪訝な顔をする。
あれ?
「なんでお前が準備する必要があるんだ? あぁ、遠征用のポーションか?」
「それもありますけど、他にも色々と準備する必要がありますよね? 着替えとか……」
「着替え?」
話を続けても、相変わらず二人の表情は変わらない。
なんだか話が噛み合っていない気がする。
もしかして、早とちりした?
「お前……、行くつもりなのか?」
「そんな話を以前していませんでしたっけ?」
私の内心を見透かしたように、所長が問いかける。
どうやら所長達の間では、私は遠征に参加しないものとして話をしていたようだ。
驚いたような二人の顔を見て、そんな気がした。
おかしいな。
ここ最近の王宮での噂話について所長と話してたときに、いつか私も地方に行くことになりそうですねって話してた気がするんだけど。
「してたような気はするが……。それにしても随分乗り気だな」
「えっと……」
「何か隠してるな。白状しろ」
私が遠征に乗り気なのを不審に思ったのか、所長が訝しがるような視線で問い詰める。
今まで散々【聖女】に関することから逃げようとしていた私が急に乗り気になったのだから、それも仕方ないのかもしれない。
実際、以前噂話について所長と話したときは、地方への遠征については仕方ないなぁという感じで、乗り気ではなかったしね。
遠征に行くのと研究所で研究をするのとでは、研究している方が好きだもの。
そんな私が遠征に乗り気になる理由なんて一つしかない。
「クラウスナー領って、薬師の聖地って呼ばれてるんですよね?」
私のその一言で、理解したのか、所長の表情が呆れたものに変わった。
すみません。
でも、こんな機会でもなければ行けない気もするんですよね。
団長さんの方は未だに理解が及ばないのか不思議そうな顔をしている。
それに気付いた所長が、団長さんへと簡単に説明をした。
説明の途中で団長さんも私が乗り気な理由に思い当たったらしく、その表情が笑顔へと変わる。
「なるほど。セイは薬草のことを知りたくて、クラウスナー領に行きたいんだな?」
「はい……」
これから危険な仕事に赴く人に笑顔で言われてしまうと、自分の理由は軽過ぎて、とても居心地が悪い。
思わず視線を落としてしまった。
しかし、団長さんも所長も気にした風ではなかった。
「そうだな。クラウスナー領には我々が知らない薬草の知識も多く眠っているだろう。それを調べてくるのもいいかもしれないな」
「あそこには暫く滞在することになるだろうしな」
「ついて行ってもいいんですか?」
私の問いに二人は顔を見合わせ、苦笑を返した。
「むしろ、こちらからお願いしたい」
「実は、王宮からはお前も遠征に連れて行くよう言われていたんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。だが、俺達はそれに反対でな。どう断ろうかと相談していたんだ」
話を聞くと、王宮から要請はあったものの、【聖女】の術を安定して発動できないことから、二人は私を遠征に連れて行くのに反対していたそうだ。
王宮としては地方貴族の不満を緩和させるために、【聖女】を派遣したという実績が欲しい。
けれども、派遣して術が使えなかった場合、王宮だけじゃなく、私も批判の矢面に立たされることになる可能性が高いことを二人は心配していた。
加えて、元々私があまり乗り気じゃなかったのも、反対していた理由の一つだったようだ。
「お手数をおかけして申し訳ありません」
「いや、構わない。こちらが無理を言っているのだから」
「そうだ。お前が気にする必要はない」
何だか申し訳なくて謝罪したのだけど、二人とも笑って、気にするなと言ってくれた。
今回もだけど、以前からきっとこうして、私を守ってくれていたんだろうと思う。
研究所に来てから、王宮絡みで嫌な思いをしたことがあまりないもの。
いい上司に恵まれたなぁと、しみじみと思った。