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 講義も終わった昼下がり。

 王宮の図書室の片隅で、ひっそりと本のページをめくる。

 今日受けたのは魔法の講義で、講義の後に演習場に行ってもよかった。

 けれど、何となく気が進まなくて、図書室で本を読むことにしたのだ。


 数多ある本のうち、選んだのは薬草辞典。

 この本には、薬草の細かな描画や、効能などについて詳しく書かれている。

 一度読んだことがあるのだけど、読み返してみるとまた新たな発見があって面白い。

 つらつらと目を通していると、ふと気付いたことがあった。

 薬草の説明の中に主な産地が記載されているのだけど、その中によく目にする地名があるのだ。


 何の気なしにページを戻って見返すと、多くの薬草の産地にその地名が挙がっている。

 HPやMPだけでなく、色々な状態異常を回復させるポーションの材料となる薬草も、そこが産地のようだった。

 薬草の一大産地なんだなと思い、そこでその地が先日話題に上った場所だったことを思い出した。

 そう、薬草の出荷量が減少していると言われている、あの地方だ。


 薬草の一大産地と言われるだけあって、本当に色々な薬草がその地方では採れるようだ。

 どういう原因で薬草の出荷量が減っているのかは分からないけど、これだけ多くの種類の薬草が採れる所ならば、今回の問題の影響範囲はかなり広いんじゃないだろうか。

 状態異常を回復させるポーションなんかは一般市民の人も使うことがあるみたいだしね。


 一度考え出すと、気になってしまうのは性格なのかもしれない。

 件の地方について今度は調べてみようかなと思ったところで、図書室の入り口の方から音がした。

 軋む音と共にドアが開かれ、そこから茶色の髪が覗いた。



「あ、セイさん」

「こんにちは」



 入ってきたのは御園(みその)愛良(あいら)ちゃん。

 私と一緒に、この世界に召喚されてきた女の子だ。

 あと一ヶ月くらいで卒業するはずだけど、今はまだ王立学園(アカデミー)に通っているはず。

 この時間であれば学園の授業中のはずだけど、何故図書室に来たんだろうか?



「まだ授業中じゃないの?」

「いえ、今日は授業がなくて、魔道師団の方に行ってたんです」

「そうだったんだ」

「それで、ちょっと調べ物がしたくなって」



 愛良ちゃんの話では、今年卒業予定の人達は既に授業がなく、学園には自由登校となっているらしい。

 一部成績が振るわなかった人達は、今一生懸命補講を受けているのだとか。

 その辺り、日本の高校とよく似ている。

 そんな中、愛良ちゃんは成績優秀者で、卒業後は宮廷魔道師団に入団することが決まっている。

 補講を受けるよりも宮廷魔道師団で勉強した方が実力がつくからという理由で、授業のない日は宮廷魔道師団に通っているそうだ。


 愛良ちゃんは聖属性魔法以外にも、水属性魔法と風属性魔法の適性を持っていたのだけど、少し前までは聖属性魔法のレベル上げしかしていなかったらしい。

 宮廷魔道師団に通うようになってからは他の属性魔法も訓練することで、メキメキと実力を上げているのだそうだ。

 元々、複数属性の魔法適性を持つ人はとても少ないため、レベルを上げれば宮廷魔道師団の中でも上位の実力者になるであろうことが期待されている。


 宮廷魔道師団での勉強は、私と同じように講義と訓練からなるようだ。

 その講義で少し理解し難い部分があったので、今日は図書室に調べ物に来たんだとか。

 宮廷魔道師団にも多くの魔法に関する文献があるんだけど、専門的な物が多くて、内容が難しいのよね。

 私も同じように図書室に魔法について調べに来たことがあるから、分かる。



「セイさんも何か調べ物を?」

「えぇ、薬草についてね。あ、できれば私がここにいたことは秘密にしておいてくれると助かるかな」

「あぁ……。わかりました」



 私の言葉に、愛良ちゃんは苦笑を返した。

 何故、ここにいたことを秘密にするのか。

 その理由に思い当たったからだろう。


 ここ最近の魔法の講義の時間は、三分の一くらいがある話題で占められている。

 その話題というのは、もちろん私が使った【聖女】の術についてだ。

 西の森にあった瘴気の沼や魔物を一気に殲滅してしまった、あの術ね。


 西の森から王宮に帰ってきてからというもの、未だ【聖女】の術を発動できていない。

 発動条件が分からないから仕方ないといえば仕方ないとは思う。

 あの時、師団長様も間近で見ていたのだけど、魔力の動きなどを追うことはできても、発動条件を特定するところまではできなかったそうだ。

 そして、そのことを非常に悔しがっていた。


 そう。

 師団長様の研究魂に火がついてしまったのよね。

 噂に違わぬ魔法馬鹿である師団長様。

 魔法の講義の時間を使って、どうにかあの魔法を発動できるようにしようと研究を始めたのだ。

 それこそ、私が魔法を使っているところを観察したりなんだりして、とても熱心に。

 インテリ眼鏡様が止めてくれなかったら、講義の時間全てが研究に費やされたんじゃないかというくらい。

 一応止めてもらえたので、今のところ講義時間の三分の一が犠牲になるだけで済んでいる。


 愛良ちゃんに黙っていてもらえるように、お願いしたのは、そんな師団長様に知られたくなかったからだ。

 もし今図書室で薬草の本を読んでいるなんて師団長様に知られたら、間違いなく研究に付き合わされる。

 間違いなく。

 恐らく、宮廷魔道師団の魔道師さん達全員が頷いてくれるくらい、間違いなく。


 私も【聖女】の術には興味がある。

 何と言っても、薬草が強化できるしね。

 けれども、流石にできないことに時間を費やし続けるのが、精神的に少しキツくなった。

 講義の後に演習場に向かう気分にならなかったのも、それが理由なんだろうと思う。

 そこで、今日は気分転換も兼ねて好きなことをすることに決めたのだ。



「薬草って、この世界独特の植物なのかと思ってましたけど、そうではないんですね」

「そうね。ハーブって呼ばれていた植物は、おおよそ薬草として扱われているわね」



 私の読んでいた本を横から覗き込みながら、どこか懐かしそうな感じで愛良ちゃんはそう言った。

 開いていたページには丁度、日本でも馴染みのあったハーブが載っていた。

 そこから、愛良ちゃんと暫くハーブについて話していると、再び図書室のドアが開く音がした。

 二人揃って入り口の方を向くと、リズの姿が見えた。



「ごきげんよう、セイ、アイラ」

「久しぶり」

「こんにちは」



 ここでリズと会うのも随分と久しぶりな気がする。

 第一王子の件で色々とあったけど、リズは相変わらず未来の王妃としての教育を王宮で受けている。

 第一王子や愛良ちゃんと違って、リズは卒業まであと一年、学園に通わなければならない。

 そのため、リズの一日は学園と王宮の往復で占められていると言っても過言ではないらしい。

 とても忙しい身なのだ。


 そして、講義を受けるようになってからというもの、私も何だかんだで忙しい。

 二人が偶然会う確率が減ってしまったのも、致し方ないことだと思う。



「今日も薬草の本を読んでいらっしゃるのね」



 愛良ちゃんと同じように、私の手元にある本を覗き込んでリズが笑う。

 言われてみれば、リズと会うときはいつも製薬関係の本を読んでばかりいた気がする。



「いい気分転換になるのよ」

「お仕事の本ですのに?」

「元々趣味だったのよ。薬草から抽出したオイルを使って色々なことをするのが」

「アロマセラピーですか?」

「そうそう」

「アロマセラピーとは何ですの?」

「アロマセラピーっていうのはね……」



 こちらでは馴染みのない言葉にリズが首を傾げたため、愛良ちゃんと二人で、あーだこーだと説明する。

 そうして話しているうちに、話題はここ最近の薬草不足の話へと移った。



「随分長いこと話し込んでしまいましたけど、セイはお時間大丈夫ですの?」

「大丈夫よ。薬草について調べるのも仕事のうちだから。それに、研究所に戻ってもポーションは作れないしね」

「そうなんですか?」

「最近は薬草が手に入りにくくなっているみたいで、遂にうちの所長からポーション作製禁止令が降りたのよ」

「そういえば、そんな話を私も伺いましたわ。お陰で、薬草の値段が軒並み上がっているとか」

「クラウスナー領って知ってる? 薬草の産地で有名らしいんだけど」

「存じておりますわ。かの領地は薬草の産地でも有名ですが、薬師の聖地としても有名なんですのよ」

「薬師の聖地?」



 クラウスナー領というのは、今回のポーション作製禁止令の元となった、薬草の出荷量が減少したあの地方の名前だ。

 王妃教育を受けているリズなら、この国の地方についても詳しく知っているかもと思って聞いてみたら、予想通りだった。

 そこで初めて聞く「薬師の聖地」という言葉に首を傾げると、今度はリズと愛良ちゃんが二人で教えてくれた。

 愛良ちゃんも知っているのは、学園の授業で習ったからだそうだ。


 話によると、クラウスナー領は薬草の産出量もさることながら、産出する種類も多いらしい。

 他領では採れない貴重な薬草も少量ながら自生していたりするため、様々なポーションが開発されてきたんだそうだ。

 その種類も豊富で、あまりにも多岐にわたるため、書物に記されていないポーションなんかもあると言われている。

 各薬師の家に代々伝わる秘伝のポーションなんていうのが、その代表格だ。

 そして、そうした秘伝のポーションの調合方法を求めて、多くの薬師がクラウスナー領を訪れた。

 そのことから、いつしか人々はクラウスナー領を薬師の聖地と呼ぶようになったのだとか。



「へー、色々な種類のポーションね」

「えぇ。私は見たことがないのですが、父は実際に見たことがあるそうですわ」

「ポーションの実物を?」

「実物もですが、実際に目の前で使うところもだそうで、被験者は我が家の者だったこともあり、その効果にも嘘偽りはなかったと言っておりましたわ」

「そうなんだ」



 色々なポーションがあると聞いて、何だかワクワクしてきた。

 秘伝のポーションの中には、上級を超えるポーションがあるかもしれない。

 それらの調合方法をどうにかして知ることはできないかしら。

 話が尽きて、リズと愛良ちゃんと別れてからも、そのことがずっと頭から離れなかった。


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ちょっとバタバタしておりまして、更新とあわせて事前にお知らせすることができませんでした。

大変申し訳ありません。

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