39 薬草不足
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喚び出されて一年。
季節は一巡し、再び春が来る。
とは言っても、今はまだ冬の終わり。
日本に比べて王都周辺の気候は穏やかだけど、寒いものは寒い。
そういう訳で、私はもっぱら室内に引きこもっている。
「セイ、またポーション作ってるの?」
呆れたように声を掛けてきたのはジュードだ。
この遣り取りも、もう何度目だろうか。
「えぇ、そうよ。最近、注文が増えたから」
「それにしたって作り過ぎじゃない?」
「そうかな?」
目の前に置かれているポーションを見ながら首を傾げると、ジュードは深く溜息を吐いた。
そんなに呆れなくてもいいじゃない。
注文が増えたのは事実なんだし。
始めは第三騎士団だけに卸していたポーションも、今では第二騎士団や宮廷魔道師団にも卸すようになった。
それもこれも、研究所で作られたポーションは性能が高いという噂が王宮内で知られるようになったからだ。
もっとも、理由はそれだけではない。
近年の魔物の増加に伴って、市場でもポーションの需要が高まっているらしく、ずっと品薄状態が続いているらしいのだ。
だったら供給を増やせばいいっていう話なんだろうけど、そう簡単には解決できない。
ポーションを安定して作れる人も限られているし、その人達が一日に作れるポーションの数も限られているからね。
王宮の騎士団でも魔物の討伐に行く関係上、ポーションは必需品だ。
王都周辺の魔物が増加するにつれて、必要なポーションの数もうなぎ上りに増えていったらしい。
しかし、いくら王宮には優先的に供給されるといっても、市場のポーションを独占する訳にはいかない。
そういった王宮の方針を基にした結果、以前に比べれば納入される量は増えたものの、これ以上増やすのは難しかったらしい。
軽い怪我は自然治癒で、それ以上の怪我も聖属性魔法が使える魔道師さん達が頑張ることによって、足りない分を補っていたそうだ。
そこに現れたのが研究所で作製されるポーションである。
効果も高ければ、一日の生産量も王都にある薬専門店に劣らない。
慢性的なポーション不足を耐えていた騎士団が、これに飛びつかない訳がない。
「いくら注文が増えたからって、これはないと思うよ」
「一応、量は考えて作ってるんだけどね」
「ほんとに? いくらなんでも、こんなに上級HPポーションの注文は来ないでしょ。また所長に叱られるよ?」
目の前にずらりと並ぶのは、ポーションはポーションでも上級のものだ。
材料である薬草自体が高価なこともあり、めったなことでは使われない。
もちろん騎士団からの注文数も、それ程多いものではない。
それなのに大量に作った理由は、製薬スキルのレベル上げをしたかったからである。
製薬スキルのレベル上げには、ポーションを作る必要がある。
けれども、今の私のレベルでは上級ポーションでも作らなければ上がらなくなったのよね。
上級ポーション用の薬草は高価だし、所長から作る量を控えるよう言われているから、一応気を付けてはいたのだけど……。
うーん、やっぱり多かったかな?
「騎士団からの他の注文は作らなくて大丈夫なの?」
「それならもう作ったよ」
「え? もう?」
「注文の大半は下級や中級のポーションだったし」
ジュードにも以前言われたことがあるのだけど、私が一日に作るポーションの数は一般的な薬師さんと比べて、とても多いらしい。
それこそ、普通の薬師さんが数日かけて作る量を一日で作り終えてしまうくらいに。
これには恐らく私の基礎レベルの高さが関係しているんじゃないかと考えている。
聞くところによると、巷でポーションを作っている人達の基礎レベルは10レベルもないそうだ。
基礎レベルの違いは、そのままHPやMPの量に表れる。
ポーションを作るには魔力を注ぐ必要があるわけで、恐らくMPが多い人の方がより多くのポーションを作れる。
基礎レベルが10レベルの人と私とで、どれくらいMPの総量に差があるのかは分からないけど、かなり違うんだろうなとは思っている。
「セイ、ちょっと話が……」
噂をすれば何とやら。
ジュードと話をしているところに所長が来た。
私に用があったみたいだけど、視線は机の上の上級HPポーションに釘付けである。
しまった。
片付ける前に見つかった。
「仕事熱心なのは構わないが、少々多過ぎやしないか?」
「すみません」
ジュードに言ったとおり、騎士団へ卸す量を考慮して作ってはいる。
今、目の前に並んでいるポーションも一回の注文では捌ききれないけど、二~三回分の注文で捌けるくらいの量だ。
所長もそれは理解しているのか、大目玉を頂戴することはない。
ただ、これだけずらりと並ぶと苦言を呈したくなるのも理解できる。
だから、呆れを多分に含んだ表情で私を見る所長に、素直に謝った。
「まぁ、丁度良かった。話というのはポーションのことなんだ」
「どうしたんですか?」
いつになく真面目な表情の所長に、もしや今度こそ盛大に絞られるんだろうかと戦々恐々とする。
居住まいを正して、聞く姿勢をとると、所長が続きを話し始めた。
「暫くポーション作製を中止することになった」
「え? 何でまた?」
「実は材料の薬草の手配が難しくてな」
「えぇ!?」
所長の話では、この秋に王都に運び込まれた薬草の量が例年よりも大分少なかったらしい。
どうも薬草の一大産地である、とある地方から運び込まれた量が非常に少なかったようで、そのため王都に出回っている薬草が不足しているのだとか。
研究所へはなるべく予定通りの量が納品されるよう、懇意にしている商店も努力してくれていたのだけど、遂に難しくなったらしい。
暫くは注文を受けられないという連絡が、先程所長のところに届いたそうだ。
「何だか大変なことになってたんですね」
「そうだな。一応、秋頃から不足するかもしれないと話は聞いていたんだが、注文が停止されるほどとは思わなかった」
「注文の停止は長引きそうなんですか?」
「はっきりとは分からないが、商店からの話では、その可能性は高いようだ」
「困りましたね……」
問題となっている地方では、下級だけでなく、中級や上級ポーションの材料になる薬草も多く出荷していた。
一般的に、下級ポーションの材料となる薬草であれば土地に関係なく比較的簡単に栽培が可能だ。
しかし、中級になると栽培が少し難しくなる。
普通の土地では中々育たず、育てようとするとそれなりの手間が掛かる。
研究所で育てられるのは、偏に研究員さん達が様々な手段を講じているからだ。
その地方は、そんな中級ポーションの材料となる薬草があまり手間をかけずに育つ数少ない土地で、地元の産業として栽培しているんだそうだ。
そして、上級ポーションの材料となる薬草が多く自生している森もあることから、そちらも併せて出荷しているんだとか。
これらの薬草は、適切な処置を施された上で王都に運び込まれる。
ただ、自然が関係することなので、運び込まれる時期が多少ずれることはある。
だから所長も、秋の初めに例年よりも入荷する量が少なかったのは、時期がずれたんだろうと考えたんだそうだ。
ところが、中頃になっても入荷量は回復せず、未だに薬草不足は続いているらしい。
何か問題が発生したのだろうと予想したのは所長だけでなく、王宮の文官さん達も同じだった。
少し前に王宮からも原因調査のために、その地方へ調査隊が向かったんだとか。
「騎士団からの注文はどうしますか?」
「暫くは受注を停止するしかないな」
「分かりました」
所長は一通り説明すると、所長室に戻っていった。
きりがよかったので、私とジュードも其々の作業に戻ることにした。
とはいえ、中止するように言われた以上、ポーションの作製はここでお仕舞いだ。
作製に使っていた道具を片付けながら、ぼんやりと考える。
王都周辺は、一時と比べて魔物の数が減ったらしいけど、未だ討伐は続いている。
使うポーションの量は減っているかもしれないけど、不要になった訳ではない。
このまま薬草不足が続けば、そのうち何かしら問題が出てくるだろう。
その問題が出てくる前に、薬草不足が解消するといいなと思った。