38 女子会
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マリーさんを先頭に、王宮の廊下を歩く。
彼女以外にも二名の侍女さんと二名の騎士さんが付き従い、謁見の際に着た白いローブを翻しながら行けば、誰しもが道を譲り、頭を下げる。
何だろうね、この状況は。
アレ以来、王宮の人達の私に対する態度は益々丁寧なものに変わっている。
仕方がないと言えば、仕方がない。
王宮で働く人達の間では、すっかり【聖女】だと認識されているもの。
諦めてはいるものの、この対応には未だ慣れない。
溜息を吐きたくなるのをぐっと堪え、静々と廊下を歩く。
向かっているのは王宮のとある一室だ。
目的地である部屋の前に着くと、マリーさんがドアをノックした。
誰何の声に答えると、内側からドアが開かれる。
脇に避けたマリーさんの前を通り過ぎて中に入ると、部屋の中には二人の少女が待ち構えていた。
片方の少女は優雅な、もう片方の少女はどこかぎこちない仕草でお辞儀をする。
それを合図に部屋のドアが閉まった。
付き従っていた騎士さん達は部屋の外で待機し、中にいるのは私と二人の少女、それからマリーさんを含めた侍女さん達だけとなる。
女性だけの部屋の中にはお茶会の準備が整っていた。
「ごきげんよう、セイ」
「ごきげんよう、リズ。それから……」
視線をリズの横に佇む少女に向ける。
唇を一文字に引き締めている様子は、緊張しているように見える。
「一応、初めましてと言った方がいいのかな?」
そう問いかけると、愛良ちゃんはぎこちなく笑顔を浮かべた。
「初めまして。御園愛良です」
「こちらこそ、初めまして。小鳥遊聖です」
愛良ちゃんの緊張がうつったのか、私の笑顔も多分引き攣っているような気がする。
取り敢えず、挨拶は済んだ。
このまま立っていても気まずいだけだから、座ってしまおう。
「取り敢えず、座ろうか」
「そうですわね」
二人を促して、用意されている丸いテーブルに向かった。
着席すると、流れるような動作でマリーさんが紅茶を淹れてくれ、目の前に差し出される。
一口飲んでから、改めてリズと愛良ちゃんを見る。
今日集まったのは他でもない、愛良ちゃんと親睦を深めるためだ。
あの騒動の後、第一王子であるカイル殿下は【聖女】に関する事柄から外されることが決まった。
また、騒動の責任を取って、暫くは王宮で謹慎となるらしい。
カイル殿下は後数ヶ月で学園を卒業することもあり、謹慎が解かれるのは恐らく卒業式直前となる予定だとか。
それから、カイル殿下の後任として、今後は愛良ちゃんに関しては第二王子のレイン殿下が責任者となるそうだ。
これらの話は騒動の後、諸々の処理が終わってから国王陛下から説明された。
一応、私は当事者だしね。
カイル殿下の取り巻き達も同様に、卒業式までは自宅謹慎となるらしい。
幸い、元々は其々優秀な生徒だったので、卒業式まで登校しなくても卒業に影響はないのだとか。
その中で、愛良ちゃんだけが唯一謹慎を言い渡されなかった。
あのとき直接騒いでいなかったからというのが表向きの理由だ。
神輿として担ぎ上げられ、周りに言われるままに行動していたのも問題だけど、愛良ちゃんの境遇を考えると問題にできないって話になったのよね。
それはそうよね。
愛良ちゃんも私と同じ、【聖女召喚の儀】で日本から喚ばれた女の子だもの。
しかも日本であれば、まだ大人の庇護下にあるはずの年齢の。
いきなりこの世界に喚びだされて一人になってしまった彼女が、色々と面倒を見ていたカイル殿下達に依存してしまうのは責められないと思う。
まぁ、色々と政治的なお話も絡んで、愛良ちゃんは処分されなかった。
問題は、今まで周りにいた子達が皆謹慎することになっちゃったってことなのよね。
リズの話では、今までカイル殿下達以外の子が愛良ちゃんに近付くことができなかったのもあって、愛良ちゃんは彼ら以外の知り合いが殆ど居なかったのだとか。
そんな彼女を放っておくのも無責任な話だってことで、これからはリズが一緒にいることになったんだって。
レイン殿下が責任者だけど、カイル殿下のこともあるし、同性のリズの方が適任だろうからって。
この案は上手くいって、愛良ちゃんにも漸く同性の友達ができたらしい。
リズのフォローによって、色々な誤解も解けたそうだ。
そうして平穏な学園生活が送れるようになり、落ち着いたところで今回のお茶会が開催されることになった。
リズが愛良ちゃんと一緒にいるようになって少し経ったある日のこと、愛良ちゃんが私と会ってみたいと言ったんだとか。
広い意味で同郷ではあるし、あの騒動のときに私に気付いてから、ずっと話してみたかったんだって。
この約一年を私がどう過ごしたのかというのも気になるらしい。
そんな訳で、今日は色々とお話しましょうということになったのよ。
「話は聞いているけど、学園の方も大分落ち着いたみたいね」
「えぇ。漸く落ち着いてきましたわ」
「リズも色々動いたと聞いてるわ。お疲れ様」
「ありがとう」
労うと、リズははにかんだように微笑んだ。
誤解を重ねた愛良ちゃんと女子達の間を取り持つのは本当に大変だったと聞いている。
まだ蟠りを持つ人はいるみたいだけど、リズの奮闘によって、大半の女子はリズに従って愛良ちゃんと仲良くやっているらしい。
第一王子の婚約者でもあり、侯爵家のご令嬢でもあるリズにお願いされては、表立って逆らえないっていうのもあるみたい。
学園の中でも階級差というのはちゃんとあるようね。
とはいえ、無理強いはしていないって話だし、リズのことだからきっと上手くやったんだろう。
「御園さんも少しは落ち着いたかな?」
「はい。リズのお陰で最近は毎日楽しいんです」
愛良ちゃんに話を振ると、こちらも嬉しそうに微笑んだ。
話を聞くと、女子の友人が増えたからか、日本にいたときのようにガールズトークをできるのが本当に楽しいそうだ。
「セイの方はどう? 落ち着いたかしら?」
「そうねぇ。落ち着いたと言えば、落ち着いたんだろうけど……」
「すっかり【聖女】様が定着したようね」
「言わないで……」
言われたことにがっくりと落ち込むと、リズがクスクスと笑う。
リズが言うとおり、私が【聖女】として扱われるところに落ち着いちゃったのよ。
百歩譲って【聖女】認定されるのは自業自得の部分もあるから甘んじて受け入れるけど、VIP扱いされるのにはちょっと辟易している。
元々庶民の私が、廊下を歩くだけですれ違う人達皆に頭を下げられる状況に耐えられると思って?
無理ですから!
そんな私の内心をリズは分かってくれている。
分かっているからこそ、からかってくるんだけど。
「でも、これから忙しくなるみたいよ」
「そうですの?」
「少しの間、地方に出かけないといけなくなるかも」
「それは……」
私の待遇は落ち着いたけれど、漏れ聞こえてくる話を纏めると、これから少し忙しくなりそうだ。
この間の西の森での討伐で、王都の周りの魔物については一段落したんだけど、地方についてはまだ予断を許さないらしいのよね。
文官さん達のところにも、王都が落ち着いたのなら地方にも騎士団を派遣してくれって依頼が来ているらしい。
西の森で見た沼については現在調査中らしいけど、地方での魔物の発生状況を鑑みるに同じようなものが地方にも存在する可能性は高い。
そうなると、それを浄化できる私の出番となる訳で、今後地方へ行くことになりそうなのよね。
そういう話はリズも掴んでいるのか、軽く話しただけで気付いたようだ。
笑顔が一転、心配そうな、申し訳なさそうな表情に変わった。
「それでは研究所の方はお辞めになるの?」
「辞めなくていいみたいよ。所長がなんとかしてくれるって言ってたし」
「まぁ! それは良かったですわね」
「えぇ。所長には感謝しないとね」
研究所を辞めなくて済むと聞いて、リズがまた嬉しそうに笑ってくれた。
どうやらリズも心配してくれていたらしい。
私が研究所の仕事を好きなことを知っているからかな?
リズと二人で笑っていると「あの」と愛良ちゃんが呟くのが聞こえた。
どうしたのかと首を傾げて視線をやると、愛良ちゃんは少し緊張した面持ちで口を開いた。
「小鳥遊さんは、こちらに来てから王宮で働いていらっしゃったんですか?」
「えぇ、そうよ。薬用植物研究所ってところで研究員をしてるわ」
「少しお話を聞いてもいいですか?」
「それは構わないけど……」
話が聞きたいなんて、どうしたのだろうと尋ねてみると、今後の参考にしたいからと返ってきた。
今まではカイル殿下の庇護の下、指示されるままに王宮で【聖女】として過ごしていたそうだ。
しかし、あの騒動があり、カイル殿下と離れてからは、これからどう過ごしていけばいいのだろうかと考えるようになったんだとか。
今までどおり過ごすこともできない訳ではないけど、このままでいいのかなと漠然とした不安に襲われたらしい。
話の途中に「私には実績がないから」と言っていたことから、愛良ちゃんには実績がないと騒動の最中に指摘されたことが不安の元になっているようだ。
特に学園を卒業した後のことについて悩んでいるみたい。
「御園さんは何かしたいこととかないの?」
「そうですね……、もし可能であれば、もう少し魔法の勉強がしてみたいです」
「魔法の勉強か。それだったら、宮廷魔道師団に入団してみるとか?」
「それはいい考えですわ」
私の提案を聞いたリズが声を上げて賛成してくれた。
宮廷魔道師団に入団するには、もちろん試験があるのだけど、現在の愛良ちゃんの実力であれば問題ないそうだ。
それに愛良ちゃんには魔法の才能があるらしい。
一般的に、一つでも適性を持っていればいい属性魔法の適性を、なんと三属性も持っているのだとか。
これはかなり珍しいことで、百年に一人の逸材だとリズが興奮しながら教えてくれた。
ただカイル殿下の方針で、愛良ちゃんは今まで聖属性魔法のレベル上げしかしていなかったため、他の属性のレベルはまだ低いらしい。
それもあって、愛良ちゃんはもう少し魔法の勉強をしてみたいんだそうだ。
「それだけ魔法の才能があるなら、益々入団した方がいいと思う。宮廷魔道師団の人達は魔法のエキスパートだし、色々教えてもらえるんじゃないかな。私も師団長様の魔法の講義を受けてるのよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。せっかく才能があるんだから伸ばした方がいいと思う。それに宮廷魔道師団であれば討伐に行くこともあるから、実績も挙げられるんじゃない?」
私の話を聞いて愛良ちゃんはかなり宮廷魔道師団に入団する気になったようだ。
リズがしきりに勧めていたのも効果があったのかもしれない。
何よりも、私が師団長様の講義を受けている関係で宮廷魔道師団に行くことがあるから、会う機会が増えるというのが魅力的だったみたい。
その話をしたら、物凄く目を輝かせていたもの。
やっぱり同じ世界から来た人が一緒にいるのは心強いのかな?
その後、リズからも色々と話を聞いて、愛良ちゃんは学園を卒業後、宮廷魔道師団に入団することを決めた。
そのときの愛良ちゃんの表情は、この話をし始めたときとは打って変わって、晴れ晴れとした笑顔だった。
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