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35 周囲

ブクマ&評価ありがとうございます!


『草薙刃』先生にレビューをいただきました!

まさか読んでいる作品の作者様にレビューをいただける日が来るとは思いませんでした……。

ありがとうございます!


 喚び出されて十ヶ月。


 西の森への討伐から暫く経った。

 あれから私の周りは少しだけ騒がしくなった。

 仕方がないといえば、仕方がない。

 【聖女】としての能力を遺憾なく発揮してしまったのだから。


 私が発動した謎の魔法は、討伐の結果から鑑みるに、古より伝わっていた【聖女】が使う術だったようだ。

 あの術によって、魔物も不気味な沼も綺麗さっぱりなくなった。

 【聖女】が使う術で魔物が殲滅されるという話を咄嗟に思い出して発動させたのだけど、まさか沼までなくなるとは思わなかった。


 沼については、詳しいことはまだ分かっていない。

 王宮に戻る馬車の中で師団長様と色々話したのだけど、そのときに沼のことも話題に上った。

 推測になるけど、沼から魔物が湧き出ていたこと、また私の発動した魔法によって跡形もなく消えてしまったことから、あの沼は瘴気でできたものである可能性が高いという話だった。


 師団長様が知る限りでは、そのような沼の話は今まで聞いたことがないそうだ。

 沼を発見した際に団長さんと師団長様が話していたのも、沼のことについてだったらしく、二人とも初めて見たと言っていた。

 沼が瘴気でできているというのには団長さんも同感らしい。


 そんな瘴気の固まりを消してしまった訳で、これが【聖女】の術の効果として記録されていた場所の浄化に当たるんだろう。

 師団長様がそう言っていた。


 馬車の中で話したのは沼についてだけではない、もちろん【聖女】が使う術についても話した。

 そのときの師団長様の興奮ぶりは言葉に表せない。

 もう目の色が変わっていて、流石に少し引いた。


 ただそれは珍しい魔法を見ることができたことに対する興奮で、私が【聖女】だと確信したからという感じではなかった。

 つまり、いつも通りだったのよね。

 師団長様だけではなく、団長さんも同様だった。

 だから少しだけ楽観してたのよ。

 王宮に戻っても今までどおり、何も変わらないって。


 そんな幻想がぶち壊されたのは討伐から戻り、一週間くらい経ってからだった。

 借りていた本を返しに研究所から図書室に向かったときのこと、不意に周りの様子が変わっているのに気付いたのだ。


 例えば、進行方向から人が歩いてきた場合。

 王宮の廊下はそれなりの幅があって、進行方向から人が来たとしても、脇に避ける必要はない。

 避ける必要があるのは、角を曲がるときに最短距離を歩こうとして出会い頭に人とぶつかりそうになるときくらいだと思う。

 にもかかわらず、ふと気付いたら、すれ違う人が皆、脇に避けて頭を下げてたのよね。

 まるで偉い人が通るときみたいに。

 歩いている最中は考え事をしていることもあって、あまり周りに注意を向けてはいなかったけど、今までこんなことはなかったと思う。


 気付いてしまうと気になってしまうもので、他にも変わっていないかと注意を向けるようになった。

 そうすると、目立つことではないのだけど、変わっている部分があったのよ。

 例えば、図書室に本を返しに行ったら、今まではその場にいる司書さんが対応してくれていたのに、司書さん達の控えの間から態々偉い人が来て、応対してくれるようになったとか。

 講義を受ける部屋も変更されて、以前より少し豪華な部屋で行うことになったというのもあるわね。

 講義に関する連絡をくれる文官さんは、流石に前と同じ人だったけど、応対してくれるときに随分と緊張している雰囲気だった。

 それは文官さんに限らず、騎士団や宮廷魔道師団の人達にも、そういう人が多かった。


 ああ、でも、図書室に行くときに現れる第二騎士団の人達の態度は今までとそう変わらないかな。

 元から崇拝されているような雰囲気だったし。

 同じく研究所の人達も。

 こちらは研究にしか興味がない人が多いせいかもしれない。

 討伐の噂自体を知らないのか、知っていても研究に関係がないから気にしていないのか。

 後者だったらいいなぁ。

 前者だったら、今までと同じ様に接してもらえなくなるかもしれないもの。



「どうした? ぼんやりして」

「あ、所長」



 最近の変化を思い返していたら、少しぼーっとしてしまったらしい。

 ポーション作製の手が止まっている私を見た所長が声を掛けてきた。

 何て答えようか?

 所長には、討伐で【聖女】の術を発動したことを伝えてはいない。

 戻ってきてからも無事だったことを喜ばれたくらいで、討伐の様子などを聞かれはしなかったからだ。

 王宮の様子から考えると、結構な範囲に今回の討伐での話が広まっている気がする。

 所長が知らないってことはないだろう。



「最近、周りが少し変わったなと思ってたんです」

「周りが?」

「はい。何か、急に偉い人になっちゃったみたいで。王宮に行くと妙に恭しく扱われるんですよね」

「あー……」



 そこまで言うと、何を言いたいのか察してくれたらしい。

 所長の表情が普通の笑顔から苦笑に変わった。



「まぁ、今王宮では【聖女】様の術はすごかったという話題で持ち切りだからな」

「それって誰が術を使ったかって話もセットですよね?」

「もちろんだ」

「やっぱり……」

「討伐のときの話はアルから聞いている。お前の功績を考えれば仕方がないことだろう」



 所長の言うとおりだとは思うけど、できれば今までどおりの態度で対応してもらいたかったなとも思う。

 これまでも、それなりに丁寧な応対をしてもらえていたと思うし、それで良かったのよね。



「お前がいなければ今回討伐に行った奴等は全滅だっただろう」

「そうかもしれませんけど」

「助けられたのは今回だけじゃない。現場に近ければ近い奴ほど、お前には感謝していると思うぞ」

「いや、そんな。できることをやってるだけですし、今回は自分自身も危なかったですしね」

「そうは言うが……」

「正直なところ、感謝してくれるなら今までどおりに接して欲しいです。どうも慣れなくて……」

「まぁ、そのうち慣れるだろう」

「慣れたくないです」



 ぶすっとして言っても、所長は困ったように笑うだけだった。

 それから一拍置いて、所長は「すまないな」と呟いた。

 ちらりと顔を見ると、珍しく真面目な顔をしている。

 何を謝っているのだろう?

 この状況になったことにだろうか?

 それについては所長が謝る必要はないと思うんだけど。

 支援要請があったときに断るっていう選択肢を選ばなかったのは自分だしね。

 首を傾げると、理由を教えてくれた。



「これでもお前には感謝しているんだ。だから、お前の希望はなるべくなら叶えてやりたいと思っている」

「所長……」

「だが、これからは少し難しくなるかもしれない。全てを叶えてやることはできなくなるだろう。想像はつかないかもしれないが、それだけ俺達にとって【聖女】というのは特別な存在なんだ」



 前々から話は聞いていたし、薄々感じることもあったけど、やはり【聖女】はこの国の人達にとっては特別な存在らしい。

 研究所や第三騎士団の人達は普通に接してくれるからあまり感じなかったけど、第二騎士団の人達と関わるようになってからは、そう感じることが多くなった。

 とりわけ、このところのガラッと変わってしまった周りの態度を見ると尚更そう思う。

 その上、改めて所長の口から聞くと余計にね。



「難しくなるっていうのは、研究所を辞めなければいけなくなるとかですか?」

「俺としては研究所を辞めさせるつもりはないが、討伐に参加することになれば研究所にいる時間は減るだろう」

「そうですね。今回の討伐でも数日留守にしましたし」

「西の森はまだ近い方だ。今後は地方への討伐に駆り出されるだろうから、もっと時間はかかるだろうな」

「地方ですか?」

「あぁ。地方も魔物が大量に発生するせいで大分疲弊しているらしい。騎士団を派遣してくれとの嘆願が多く来ているそうだ」

「王都周辺だけじゃないんですね」

「そうだ。暫くは様子を見ないといけないが、今回の討伐で王都周辺の魔物の発生が落ち着いたら、今後は地方へ赴くことになるだろうという話だ」



 地方か。

 以前聞いた話だと、隣国まで片道一週間はかかるという話だった。

 恐らく隣国までの最短時間だと思われるので、場所によってはもっと掛かる可能性もある。

 討伐も一日で終わるということはないだろう。

 多分、その地方の一箇所だけって訳にはいかないだろうし。

 そう考えると、往復の移動時間と討伐の時間とで、一ヶ月は掛かるかな。



「地方に行くとすると、一ヶ月以上王都から離れることもあるんでしょうか?」

「そうだな」

「一ヶ月ですか……。どの程度の頻度で地方への討伐に駆り出されるかは分かりませんけど、殆ど研究所に居られない可能性もあるんですね」

「まぁ、多少は王都で休みをもらえるとは思うが、地方が落ち着くまではそうなるかもな」



 そうですよね。

 研究所には殆ど居られず、それがいつまで続くのかも分からない。

 地方が落ち着くのがいつになるかは不透明だしね。

 そんな状況で、いつまでも研究員でいられるとは思えない。

 研究所の仕事を殆どしていないのに、研究員でいるのも申し訳ないし。

 仕事のことだけ考えたら、宮廷魔道師団にでも異動した方がいいと思う。

 あちらなら、討伐が仕事だって言えるから。

 でも、仕事するなら研究所(ここ)がいいのよね。

 ポーションの研究をするのは楽しいもの。

 そんなことを考えていたら、表情に出ていたらしい。

 所長が心配そうに声を掛けてきた。



「どうした?」

「いえ。研究員ではいたいんですけど、研究所での仕事は殆どできなくなりそうだから……」

「申し訳ないって?」

「はい。やっぱり、宮廷魔道師団かどこかに異動するべきなんですよね」

「別にいいんじゃないか?」

「え?」

「地方には地方独特の薬草やポーションがある。そういうのを見て回るっていう仕事だと思えば、研究所に在籍していても問題はないだろう」

「いいんですか?」

「俺が構わないって言ってるんだ。そこは気にするな」



 目を細めて笑いながら、そう言ってくれた所長から後光が差しているように見えた。

 研究員でいたいという要望であれば、所長の権限でどうにかなるらしい。

 もし上が異動などを持ち出してきても、どうにかしてみせるとまで言ってくれた。

 所長、ありがとうございます!

 では、叶えるのが難しくなるという私の希望とは一体何だろうか?



「あー、それはだな……」



 聞いてみると、所長は少し言い辛そうに口篭もる。

 気になるから、早く教えて欲しい。



「一般人として過ごしたいとか、以前言っていただろう?」

「そうですね」

「多分これからは無理だ」



 そう言えば、そんな話を所長としたこともあったなと思い出す。

 きっぱりと無理だって言われたけど、私もそう思う。

 流石にここまで来て、それを押し通すのは無理だと思うもの。



「それはもう、仕方ありませんね。半分諦めてます」

「半分かよ」

「はい。できれば静かに暮らしたいって思ってますから」

「そうか。なるべく希望が叶えられるよう善処しよう」



 苦笑しながら言うと、所長に軽く突っ込まれた。

 その後、善処してくれるとも言ってくれたけど……。

 所長、本当に叶える気があります?

 どことなく本気のような冗談のような口振りですけど、叶えてくれるって信じてますからね!


いよいよ発売日が近付いてきて、かなりドキドキしております。

書籍の感想欄を活動報告に設けました。

感想&誤字報告などは、そちらにお願いいたします。


今回の特典ですが、アニメイト様、ゲーマーズ様、とらのあな様で先着順で特典SSを配布しております。

どの書店様もオンラインショップで購入できるようです。

こちらも詳細を活動報告に載せておりますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。


また活動報告にキャラクターデザインを追加で公開いたしました。

今回は師団長様のデザインです。

ご興味のある方は、活動報告をご覧ください。

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