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30 片鱗

ブクマ&評価ありがとうございます!


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

この度、コミカライズすることになりました!

これも応援してくださった皆様のお陰です。

ありがとうございます!!!

詳細は分かり次第、お知らせしたいと思います。


 翌日。

 その日の講義も終わり、外は既に真っ暗。

 研究所という場所柄、周りにもまだ少し人が残っているけど、普通であれば既に業務が終了している時刻。

 私も例に漏れず、講義の後に戻ってきて、研究をしていた。

 とは言っても、行き詰っているんだけどね。


 相変わらず【聖女】の術については進展がない。

 試しに所長にも聞いてみたけど、やはり所長も世間一般で言われている以上のことは知らないらしい。

 発動条件に至ってはさっぱり情報がない。

 これさえ分かれば、色々試せるのに……。

 まさか、『【聖女】の術』って唱えたら使えるとか、そんなことはないわよね……。


 研究所の中で暫く考えていたのだけど埒が明かなかったので、外に出て少し休憩することにした。

 ずっと部屋の中に篭っているのも、考えが堂々巡りする原因だと思うしね。

 外の新鮮な空気を吸えば、何かいい考えが浮かぶかもしれない。


 ランタンを持って外に出ると、ふわりと微かに風が吹いた。

 日中はまだ少し暑い日があるけど、夜に吹く風は随分と冷えてきたと思う。

 研究所のすぐ側に置いてあるベンチに座り、ふと空を見上げると、月と星が見えた。

 昔読んでいた小説のように、異世界だからといって月が二つあったり、色が異なっていたりなどということはない。

 違うことと言えば、日本と比較して明かりが少ないせいか、見える星の数は多いことくらいか。


 最初のドタバタで、この世界で普通に生活できるよう生活基盤を整えようと思ったのよね。

 王子があの様子だと、いつ王宮から出て行けって言われるかわからなかったし。

 私自身が、ここに留まっていたくなかったというのもある。

 結局、成り行きで薬用植物研究所に就職することができて、留まってしまっているけど。


 そうそう。

 ちょっと落ち着いたかなという頃に、部屋から夜空を見上げたんだった。

 あれから数ヶ月。

 最近では日本のことを思い出すことも少なくなってきた。

 最初のうちは、親や兄弟、友人達にもう会えないことを悲しいと思うこともあった。

 今でも、それを思うと少し胸が痛い。

 けれど、元々切り替えが早いせいなのか、それとも異世界特有の珍しい事柄に夢中になっていたせいなのか……。

 感じる痛みは徐々に小さくなっている気がする。

 たった数ヶ月でこうなる私は、結構薄情なのかな?


 喚び出されてから、ずっと不遇な扱いを受けていたら、また違ったのかもしれない。

 実際はそうじゃなかった。

 王子は置いておいて、他の人達は優しい人が多かったのよね。

 ジュードや所長、研究員さん達はもちろん、その後に知り合った団長さんや第三騎士団の面々も。

 優しい人達に囲まれている間に、すっかり研究所(ここ)が私の居場所になってしまった。


 だからだろうか。

 あれほど逃げていた【聖女】に関することに向き合うようになったのは。

 ずっと見ない振りをしてたのにね。

 だって、知っている人が困っているのを見たら、気になるじゃない。

 しかも、話に聞くだけじゃなくて、実際に目にしちゃったら。

 研究内容にポーションの性能向上を選んだのも、それが理由だ。

 自分にできることが誰かの助けになるのは嬉しい。


 ふと、第三騎士団の団長執務室で団長さんにお礼を言われたことを思い出した。

 ここに来たばかりの頃のことを思い出したからだろうか?

 別にお礼を言って欲しくてやっている訳ではないのだけど、言われると嬉しいわよね。

 そんなことを思っていると、ふわりと胸の辺りが暖かくなる。


 ………………。

 …………。

 ……

 あれ?


 胸の中心、心臓の上辺りを手でそっと押さえる。

 胸が温かくなるといっても、それは単に感情を表す言葉だけで、実際に暖かくなるなんてことはないはず。

 でも、何だか本当に温かい。

 一体なんだろう?

 悩んでいる間も、胸の暖かさは、どんどん湧き出てくる感じがして、遂には私の中から溢れてしまうような気までしてきた。

 どういうこと!?


 突然のことにオロオロとしていると、湧き出た何かは本当に私から溢れ、視認できるようになった。

 範囲魔法を使うときのように、私を中心として靄が広がる。

 ベースは白い粒子っぽいことからも、これは私の魔力だと思うのだけど、金色のラメの密度がいつもより濃く、広がるのは白い靄というよりも金色の靄と言った方が正しいくらいだ。

 何これ。

 靄はどんどん広がり、普通の魔法であれば、そろそろ発動できそうだ。

 けれど、普段とは違う靄の色に、それは違うという気もする。


 ふと、目の前の薬草畑が目に入った。

 靄は既に畑にまで浸食している。

 そこで思ったことは、ただ一つ。

 もしかしたら、今なら……。


 別にクリスチャンだった訳ではないけど、何となく両手を組み、祈る形にする。

 どうしてそんなポーズを取ったのかは分からない。

 何となくね。

 そして、祈る。

 どうか上手くいきますように。


 金色の靄の輝きが強くなり、夜だというのに辺りが明るくなる。

 一瞬、一際強く輝いた後、光が弾け、空からキラキラと金色の粒子が降ってきた。

 幻想的な光景に、ほぅっと息を零す。

 見上げていた視線を下ろすと、靄が掛かっていた部分の薬草の周りを金色の粒子が覆っていた。

 もっとも、その輝きはすぐに失われてしまったけど。



「どうした!?」



 異変に気付いたのか、珍しくまだ残っていた所長が慌てた様子で研究所から飛び出してきた。

 あれだけ光っていたら、気付くわよね。



「えーっと……」



 曖昧な笑顔を浮かべ、困ったように笑うと、所長の眉間に皺が寄る。

 さて、どう説明したものか。

 私も何が何やら分からないままに、謎の現象が起こってしまったため、説明に困る。

 悩んでいると、所長の視線が、私から足元の薬草に向けられた。

 所長は怪訝な顔をしたまま、しゃがみ込み、しげしげと薬草を見つめる。

 そうして徐に薬草を一つ摘むと、それを観察し出した。

 それから、暫く周りに生えてる薬草を見て、今度は靄がかかっていなかったところの薬草を一つ摘む。

 手に持った二つの薬草を見比べた後、所長は私の顔を見上げた。



「お前、何やったんだ?」

「それが、私にも何が何やらさっぱり……」



 周りが暗いこともあり、所長が持つ二つの薬草に違いはないように見える。

 しかし、所長の態度から判断すると、何かしらの違いはあるらしい。

 私にはさっぱり分からないけど。

 取り敢えず、今起きたことを順番に説明したところ、呆れたように溜息を吐かれた。



「まぁ、何だ。まずは中に入るか」



 所長はどっと疲れたようにそう言うと、研究所に足を向けた。

 すみません、いつも思いつきで行動を起こしていて。

 心の中で謝りつつ、私も所長の後に続いて研究所に戻った。



「何か変化があったんですか?」

「見た目には殆ど変わっていないが……」



 所長も自信がないのか、少し口篭りながら教えてくれた。

 研究室の机の上に並べられた薬草は、一見すると同じ種類の薬草に見える。

 しかし、よく観察すると違うらしい。

 中身が。

 中身って何?

 植物が持つという魔力の事?

 よく分からないけど、そこはまた後で所長に聞いてみよう。

 今は変質したらしき目の前の薬草が気になる。



「それって……」

「お前、これで試しにポーション作ってみろ」



 所長に言われて、二つの薬草を使って、それぞれポーションを作る。

 恐る恐る作業をしていると、魔力を注ぐ段階で違いを感じた。

 感覚的なものだけど、かなりはっきりと。

 ポーションができあがると、その違いは一見してはっきりと分かるくらいになった。



「綺麗ですね……」

「そうだな」



 瓶詰めされたポーションを上に翳してランプの光に当てると、よく分かる。

 ポーションの中に金色の粒子がふわふわと浮いていて、それが光を反射して輝いていた。

 今まで作ったポーションに、こんな粒子が浮かんでいたことはない。



「これの性能って……」

「調べてみないと何とも言えないが、今までの物よりは良さそうだな」



 所長は呆れたような笑顔を浮かべながら、そう答えた。

 そんな顔しないでくださいよ。

 仕方ないじゃないですか、できちゃったものは。


 後日調べてもらったところ、予想通り、今回作成したポーションの性能は今まで私が作った物よりも高かった。

 その効果はきっちり、五割り増しの五割り増し。

 こんなところでも呪いが……。


 更に調査した結果、謎の魔法によって強化されたっぽい薬草を使うと、他の人が作った場合でも今までの1.5倍の性能のポーションが作成できることが分かった。

 後に分かったことだが、強化された薬草は一代限りの物らしく、その種を使っても元の薬草が生えてくるだけで、強化された薬草とはならなかった。

 どうやら強化した薬草を作るには、私が手をかけないといけないらしい。

 誰でも性能のいいポーションを作れるようになったのは喜ばしいところだけど、結局私がいないと材料が作れないので少し残念だ。


 もう一つ、あの謎の魔法が再び発動できるかという問題もある。

 何度か試してみたけど、まだ再現はできていない。

 あのときも訳がわからないまま発動してしまったので、いまいち条件が分からないのよね。

 魔法が発動したときのことを思い返しながら色々と試してはいるのだけど。

 こちらも追々調べていかなければいけないだろう。

 まぁ、話を聞いた師団長様が嬉々として調査に協力してくれるみたいなので、再現ができるようになるのは、そう遠くない未来だろうと思う。


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