28-02 お茶会(後編)
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私が【聖女召喚の儀】で喚び出されたのを知っている人は割りといると思う。
もちろん、私が言って回った訳ではない。
儀式で召喚されましたなんて、態々言って回るのは、私が【聖女】だって言って回るのと同じじゃない。
そんなの、言う訳がない。
そういう訳で、知っている人というのは王宮側から説明されただろうと思われる人達だ。
所長や団長さんだけでなく、騎士さん達や宮廷魔道師さん達も知っているだろう。
侍女さん達も、恐らく知っているんじゃないかな。
研究所の人達は、はっきりと伝えたことはないので、薄々感付いている人と知らない人の二通りに分かれると思う。
何となく、研究員さん達の反応を見て、そう思った。
この知っている人と知らないだろう人の区別って、恐らく王宮側が知っていた方がいいと判断した人か、そうでない人かの違いだと思うのよね。
騎士団と宮廷魔道師団は国防上、知っていないといけない人達だと思う。
侍女さん達は、元々、召喚された【聖女】のお世話をするために集められた人達みたいで、だから知っているんだと思う。
翻って、リズはそういう知っておいた方がいいと判断される人物だと思っていなかった。
だから、リズが知っていることに驚いた。
「知ってたの?」
「えぇ」
「いつから?」
「最初からですわ」
「最初って、図書室で会ったときから?」
「そうなりますわね。でも、あそこで会ったのは偶然ですわ」
リズの説明によると、図書室で私と会ったのは本当に偶然だったらしい。
ただ、その前に【聖女召喚の儀】が行われたのは知っていて、私の瞳と髪の色から、恐らく召喚された人物だろうと推測したのだと言っていた。
この国では珍しい色らしいからね。
確信を持ったのは、図書室で話すようになってからだとか。
私が様々な言語で書かれた本を読めるのに、それらの文法についてはさっぱり理解していなかったことから判断したんだそうだ。
確かに、読めるのに文法は全く知りませんっていうのはありえないわよね。
「もう一人の方も、そうでしたし」
「そうなの?」
もう一人というのは、愛良ちゃんだろう。
そういえば、リズも王立学園に通っていたっけ。
同級生なのだろうか?
「彼女もスランタニアの言葉や古語が読めるそうですけど、文法などは知らないようだという話を聞きましたわ」
「そうなんだ。っていうか、リズと愛良ちゃんって同級生なの?」
「いいえ、彼女は一学年上ですわね」
「へぇ」
「それよりも、セイは彼女のことを知っていらしたのね」
「うん、まあね」
愛良ちゃんについては、喚び出された当初に侍女さんや文官さん達から話を聞いていた。
一緒に召喚された娘だしね。
興味はある。
あれから一度も会っていないから、偶にどうしているかなと思う程度だけど、それなりに心配もしていたり。
「彼女、元気にしているかしら?」
「そうですわね……。病気等はしていないみたいですわ」
少し言い淀んだリズに首を傾げると、困ったような顔をされた。
「何かあったの?」
「えぇ、まぁ……」
そこで、リズがすっと手を挙げると、周りにいた侍女さん達が、潮が引くようにいなくなった。
なにこれ、すごい。
それに感心していると、侍女さん達がいなくなったのを確認した後に、リズが徐に話し出した。
「以前、困った同級生がいるという話をしたのを覚えていらっしゃる?」
「えーっと……」
そういえば、前にそんな話をした覚えがある。
確か、人気がある男子を侍らせている同級生がいるとかいう話だったかな。
その子がどうかしたのだろうか?
まさか……。
「まさか、その同級生が愛良ちゃん?」
問うと、憂いを帯びた表情で頷きが返る。
思わず、天を仰いだ。
「あのときは同級生と言いましたけど、愛良さんで間違いありませんわ」
「そうなんだ」
まぁ、同級生かそうじゃないかなんて、詳しく説明がいる場面でもなかったしね。
「あれからも何とかしようと努力はしているのですが、中々上手くいかなくって」
「婚約者のいる男性とあまり親しくしちゃダメだとかいう話だったっけ」
「それですわ」
「あー……」
リズの話に、どこか遠い目をしてしまう。
日本でも婚約者のいる異性にベタベタして、誤解を招くような行動を取ると顰蹙を買う。
婚約者じゃなく、恋人がいる人に対してもそうだろう。
ただ、この国よりも日本の方が、問題となり難いのだろう。
日本では問題とならない行動でも、この国では問題になることが多々ある。
例えば、暑いときにスカートを扇ぐとか、異性の前で素足を晒すとか。
私も怒られたなぁ、リズに。
愛良ちゃんも同じなのかもしれない。
この国基準では問題となる行動とは知らずに、日本で友人に接するのと同じように接しているんだとしたら……。
あれ?
でも、一応リズ達が何度か注意はしたんだっけ?
「愛良ちゃんに直接注意はしたのよね?」
「他の方がですけど、彼女に直接注意したことがあると聞いていますわ」
「そう。それでも行動に変化はないと」
「何かお気付きになりまして?」
「そうねぇ……」
リズに尋ねられたので、さっき考えたことを伝える。
私や愛良ちゃんがいた日本とこの国では、問題となる行動のレベルが違うということを。
こちらと比較すると、日本はかなり緩い。
もしかしたら愛良ちゃんは、そのことを知らないのかもしれないと。
「普通に、お付き合いの仕方を考えたらとか、男子と仲良くするのは問題だって言うだけだと伝わらないかもね」
「そうですのね」
「私もリズに教えてもらって気付いたことだし。まぁ、周りの男の子達が教えてるかもしれないけど」
「それはありませんわね」
困ったように笑いながら、けれど、きっぱりとリズは言った。
表情はそうでもないんだけど、纏う雰囲気にどこか怖いものを感じて、思わず背筋が震えてしまった。
実際に見えている訳ではないけど、黒いオーラを背負っているような、そんな雰囲気だった。
えっと、リズさん?
何かあったの?
「そのような気遣いができるような方達であれば、今これほど問題にはなっておりませんわ」
「そ、そうね」
ごもっとも。
リズの言う通りだ。
どこか呆れを含んだ声色でそう言うリズが、ちょっと怖い。
しかし、何でここまで怒って(?)いるのだろう?
そう考えて、マリーさんの言葉を思い出した。
そう言えば、リズの婚約者って……。
「ねぇ、もしかして、その男子の中にリズの婚約者もいたりする?」
「えぇ」
恐る恐る質問した問いの答えはYESだった。
リズの背後が更に暗くなったように見えるのは気のせいだと思いたい。
「リズの婚約者って、アレよね?あの……」
「カイル殿下ですわ」
予想通りの回答に乾いた笑いしか出ない。
そうか、アレが婚約者なのか。
「セイにも随分と不快な思いをさせたと伺っていますわ」
「うん? そうね……」
召喚されたときのことを思い出しても、もう笑いしか出ない。
うん、ほんと、あれはね。
きっと引き攣っているであろう笑顔を浮かべると、リズが姿勢を正した。
こちらを見る視線は、とても真面目なものだ。
「あのときのこと、殿下に代わって、お詫びいたしますわ」
「え? リズが謝ることじゃないでしょ?」
「ですが……」
「いいのよ。リズが悪い訳じゃないんだから」
まだ不安そうな顔をするリズに、何とか笑って、リズが気にすることではないということをアピールする。
婚約者の代わりとしてというのは分からなくはないのだけど、リズが悪い訳ではないので、私としては対応に困ってしまうのよね。
「そんなことよりも、今は愛良ちゃんの問題を解決する方法を考えよう?」
「セイったら……」
これ以上、王子の話をしても困るだけなので、強引に話を切り替える。
リズは私の意図に気付いたみたいだったけど、困ったように呟いただけで、追及はしてこなかった。
そういう機微を汲んでもらえるのは、ありがたい。
そこからは、愛良ちゃんを取り巻く環境を、どう改善していけばいいかを話し合った。
二人揃って、あーでもない、こーでもないと意見を交わし、気付けば結構な時間が経っていた。
何となく解決の道筋も見えてきたところだったので、後の細かいところはリズに任せれば問題ないだろう。
こうして、初のお茶会は無事に終了した。