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26 ダンス

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「どうされたんですか?」



 突然現れた団長さんに驚く。

 何かあったのかと思い問いかけると、困ったような笑顔を浮かべられた。



「すまない、まだ指導中だったか。取り立てて用事はないのだが……。ちょっと様子を見に来たんだ」



 団長さんは少し躊躇した後、ここに来た理由を教えてくれた。



「よければ見学しても?」



 えっ? 見学?

 先生とは何とか踊れるけど、人に見せられるほどではない。

 見られるのは恥ずかしいので、丁重にお断りしようとしたところ、先生が返事をしてしまった。



「これは、ホーク様。ご機嫌麗しく。よろしければ、ホーク様もいかがですか?」



 先生の言葉に、思わず振り返る。

 団長さんもってどういうこと?

 私の視線に気付いた先生は、笑顔を浮かべて理由を教えてくれる。



「偶には違う相手と踊るのも勉強ですよ」

「それはそうですけど……」



 先生の言う通りなのは理解できるけど、漸くペアで踊れるようになったばかり。

 それも、先生のリードがあるから何とかなっているような状態だ。

 そんな状態で団長さんと、まともに踊れるんだろうか?

 甚だ疑問だけど、先生と団長さんは乗り気のよう。

 うーん。

 私はともかく、団長さんは子供の頃から習っているだろうから、団長さんに合わせていれば何とかなるかな?

 先生と踊るときも、何とかなっているし。


 迷っていると、団長さんに手を差し伸べられた。

 柔らかな微笑を浮かべた顔と手を交互に見やる。

 不安は募るけど、このまま手を取らないのも失礼よね。

 深呼吸を一つして、覚悟を決める。

 姿勢を正して、差し伸べられた掌に左手を載せると、そっと引き寄せられた。


 流れるような動作で、左肩に団長さんの右手が添えられる。

 その右腕に左手を添え、団長さんを見上げたところで、思わず息を飲んだ。

 ち、近い……。

 いや、先生との練習で分かっていたけど、分かっていたけどさっ!

 一緒に馬に二人乗りしたことは度々あったし、以前王都に行く際に狭い馬車の中で密着せざるを得なかったこともある。

 だから、距離が近いことには慣れていると思っていた。

 うん、全然慣れていなかったわ。

 向かい合う体勢には。

 今までは、背後からだったり、横からだったりの話だったのよね。

 向かい合ったときの恥ずかしさは、それらの比ではないことを思い知った。



「どうした?」

「い、いえ……」



 見上げたまま固まってしまった私に、団長さんが微笑を浮かべたまま、不思議そうに問う。

 何とか返事を返し、慌てて視線を胸元に落とす。

 耳が熱い。

 落ち着け、自分。

 今はレッスン中だから。

 もう一度深呼吸をして、何とか気持ちを落ち着かせて、顔を挙げた。

 向かい合っている団長さんには、一部始終がバレバレだけど、そこは見なかったことにしてくれたらしい。

 先生の「始めますよ」という声と共に、最初に一歩を踏み出した。


 団長さんのリードにあわせて、ステップを踏む。

 多少ぎこちないとはいえ、踊れているのは偏に団長さんのリードが上手だからだ。

 とはいえ、頼りっぱなしなのは問題。

 自分でも動けるように、今までの講義で学んだことを、一つ一つ思い出し、実践する。

 暫くして、頭上から声が掛けられた。



「落ち着いたか?」

「……はい」



 いえ、たった今、また落ち着かなくなりました。

 内心の動揺を表すように、視線が彷徨う。

 踊る方に集中していて、せっかく団長さんの存在を忘れていたというのに、思い出すとまた胸がドキドキしてしまう。

 それに気付いているのか、いないのか、団長さんは話を続けた。



「ニホンでは踊ったことはなかったと聞いたが……」

「えぇ。あちらでは踊る機会が、まずありませんし、ダンスの種類も違いますから」



 学生時代、体育祭のためにフォークダンスや、地域の盆踊りを習ったくらいだろうか。

 今、ステップを踏んでいるダンスとは全くの別物なのは間違いない。



「ならば、習い始めたばかりなのか」

「そうですね」

「それで、これだけ踊れるとは、才能があるんだな」

「えっ? いえっ、そんなことはないと思いますよ?」



 自分にダンスの才能があるとは全く微塵も思っていないので、持ち上げられても、どう返していいか分からない。

 慌てて否定すると、団長さんがクスクス笑う。

 どうやら、からかわれたらしい。

 もうっ!

 ちょっとだけ悔しくて、口を尖らせたけど、益々笑われるのだから、どうしようもない。



「習い始めたのは、陛下との謁見以降だろう? 私が習い始めて同じ頃には、まだここまで踊れはしなかったな」

「講義の内容を急ぎ足で進めているみたいですよ? 近いうちに踊る機会がありそうだとかで」



 先生の話では、詰め込み気味に講義を進めている理由は、近いうちに踊ることになりそうだからというものだった。

 貴族でもない、王宮の研究所に勤めているだけの私に、舞踏会の招待状なんて来る訳ないと思う。

 なんていうのは希望的観測で、多分そうは問屋が卸してはくれないだろう。

 この間、陛下と謁見したし。

 もっとも、ダンスを習っている理由は、それだけではなくて、元々少し興味があったからっていうのもある。

 そうでなければ、例え文官さんに勧められても、断固、断っていただろう。



「後数ヶ月で社交シーズンだしな」

「社交シーズン? そういうのがあるんですか?」

「あぁ。シーズンになると、王都ではいくつもパーティーが開かれる。セイもいくつか招待されるんじゃないか?」



 やっぱり。

 こうして、くるくると踊るのは楽しいのだけど、そういう煌びやかな会に出るのは微妙だ。

 気持ちが顔に表れていたのか、また団長さんが噴き出す。



「どうしても参加しなければいけないのは一つか二つだろう。他は断っても問題ない」

「それでも一つは必ず出席しないといけないんですね?」

「そうだな。陛下主催のものなどがそうなる」

「そうですか……」



 確かに、国王陛下主催のパーティーに招待されたら、普通は断れないわよね。

 そうは思うものの、気は進まない。

 どうせ出ないといけないなら、もう少しこじんまりとしたものがいい。



「私もパーティーは好きではないが……」



 そこで言葉を切られたので、どうしたのだろうかと団長さんの顔を見た。

 えっと……。

 なんで、そんな目で見られるんでしょうか?

 団長さんがこちらを見る視線に甘いものを感じて、心拍数が上がる。



「セイが参加するのであれば、エスコートさせて欲しい」

「っ!!」



 団長さんは少しだけ私の方に顔を寄せ、そう囁いた。

 そ、そんな甘ったるく囁くのは反則ですっ!

 非難の目線を送ったけど、効果はあまりなく、団長さんは笑みを浮かべたまま、私の返答を待っている感じだ。


 丁度そこで、先生から合図があり、ダンスが終わった。

 今日の講義もこれで終わりということもあり、先生に挨拶をする。

 初めての相手と踊る割にはよく踊れていたと言って貰え、ほっと一安心。

 途中から、気分的に練習どころではなくなってしまったので、何か言われるかと思ってたのよ。


 団長さんも先生に挨拶をしているのを、ぼんやりと見つめる。

 エスコートか。

 パーティーに招待されるかもとは考えていたけど、そこは考えていなかった。

 一人で行く訳にはいかないのだろうか?

 でも、周りがペアで入場する中、一人で会場に入るのも嫌よね。

 変な注目を浴びそう。

 せっかく団長さんに誘ってもらえたんだし、お願いしようかな?

 あー、でも、エスコートしてもらったら、ダンスも団長さんと踊ることになるんだろうか?

 私の心臓はもつのか?



「セイ?」



 悶々と考えていると、先生は既に退室し、私と団長さんの二人だけとなっていた。

 私が考え込んでいたせいか、団長さんは少し心配そうだ。



「すみません、少し考え事をしていました」

「大丈夫か?」

「はい。……あの、エスコートの件なんですけど」



 エスコートと言うと、益々心配そうな顔に。

 私が難しい顔で考え込んでいたせいですね。

 ごめんなさい。



「ホーク様がよろしければ、お願いしたいのですが」

「そうか!もちろん、喜んで」



 最後まで言うと、団長さんの顔が、ぱっと明るくなった。

 嬉しそうにしてもらえて、ちょっとほっこり。

 まだ招待状が届いた訳ではないから、本当に一緒に行くことになるかどうかは分からないけど。

 団長さんにエスコートをお願いするのは、悪い話ではないと思う。

 もしも招待状が届いたら、どっちみち所長辺りにお願いすることになっていただろうし。

 パーティーになんて行ったことがないから、誰か慣れている人と一緒に行った方が安心だしね。

 そういう意味では、将来の心配事が一つ減ったのかもしれない。

 我ながら、いい選択だったんじゃないかな?

 そうして、嬉しそうな団長さんに王宮に与えられた部屋まで送ってもらった。


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