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25 淑女の日

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 朝。


 いつもより早く目を覚ます。

 今日は一日、淑女の日。

 私が何となく言っているだけで、何か特別な日という訳ではない。

 淑女の日に受ける講義が、マナーやダンスなど、この国の貴族子女が必要とする教養ばかりなので、そう名付けただけだったりする。

 そして、いつもより早く起きたのも、そのためだったり。


 別に服装なんて、舞踏会に出る訳でもないのだから、いつもどおりの格好でいいと思うのだけど、周りが許してくれなかった。

 特にダンスの先生と侍女さん達が。

 普段から身に付けて、慣れておいた方がいいでしょうという先生の意見により、淑女の日は毎回ドレス着用を義務付けられたのよ。

 侍女さん達は、単に私を着せ替えて楽しんでいるだけのような気もする。

 ただ、慣れておいた方がいいという意見には賛成なので、その日一日はドレスで過ごすことにした。


 淑女の日は、ドレスを着るだけでなく、化粧やヘアセットなど、頭の先から爪先まで整えるため、朝から支度に時間がかかる。

 そのため、いつもより早く起きて王宮に向かわなければならない。

 起きて簡単に身支度をしたら、朝の、まだ日が登り切らない時間から王宮に移動する。

 用意されている部屋には、侍女さん達が待機済み。


 部屋には色とりどりのドレスや靴、アクセサリーも用意されている。

 これらの衣装は王宮側が全て用意してくれた。

 ドレスや靴のサイズが私にピッタリ過ぎて驚いた。

 偶々あった物を集めただけで、私のためだけに新たに用意された物ではないと思いたい。

 そこのところを文官さんに確認してみたい気はするのだけど、それを聞いてしまうと、これらの衣装を受け取らざるを得なくなりそうで、未だに怖くて聞けていない。

 取り敢えず、衣装は王宮に借りているだけと思うことにしている。

 そんなレンタルドレスを見て、今日はどれにしようかと、相談し合っている侍女さん達は楽しそうだ。



「皆さん、楽しそうですね」

「これだけ沢山の衣装の中から選ぶのは、やはり楽しいものですから」



 側に立っていた、侍女さん達のリーダーであるマリーさんに苦笑混じりに話しかけると、彼女も苦笑しながら答えてくれた。

 淑女の日のために待機してくれている侍女さん達は、やはり召喚時にお世話になった人達で、謁見のときの準備を手伝ってくれたのも彼女達だ。

 何となく、私専属となっているような気がする。


 その中で、マリーさんは私よりも少し年上の方で、王宮にはそれなりに長く勤めているらしい。

 部下である他の侍女さん達に厳しく指導しているときもあるけど、基本的には人当たりがいい。

 年齢が近いこともあって、侍女さん達の中では一番よく話しているかもしれない。

 今日も、侍女さん達がドレスを選んでいる間、今王都で流行っているドレスのデザインや、お菓子等の話をして時間を潰していた。



「本日はこちらのドレスでいかがでしょうか?」



 暫くすると、ドレスが決まったらしく、侍女さんの一人がそれを手に、私の前にやって来た。

 差し出されたのは柑子色のふんわりとしたドレス。

 デザインはそこまで派手ではなく好みなんだけど、色が綺麗過ぎて、私には派手過ぎないかと心配になる。



「私には色が少し派手過ぎませんか?」

「そんなことはありませんよ。ほら」



 心配になってマリーさんに意見を求めると、問題ないとのお言葉。

 鏡の前でドレスを当てられると、確かに思ったほど派手で浮いてしまうということもない。

 流石は王宮の侍女さんの見立てと言うべきか。



「合わせてみると、そんなに派手でもないですね」

「こちらになさいますか?」

「そうですね。お願いいたします」



 ドレスが決まれば、次は化粧とヘアセット。

 この二つはもう完全にお任せだったりする。

 お任せした方が、自分でやるよりも遥かに綺麗に仕上がるしね。

 精々、化粧が濃くなり過ぎないようにお願いしたくらいかな。


 化粧をしている間に、ドレスに合わせて靴やアクセサリーも用意される。

 化粧を施されている間は、殆どの間、目を閉じているので、どのような靴やアクセサリーが選ばれるかは分からない。

 聞こえてくる侍女さんの声から、ドレスを選んでいる時と同様に楽しんでいることは分かるんだけどね。

 確かに、これだけ沢山ある物の中から色々選ぶのは楽しいと思う。

 日本では仕事が忙しくて、洋服やアクセサリーなんて、そうそう買い物にも行けなかったけど、偶に出掛けたときに、あれこれと見て回るのは楽しかった。

 侍女さん達も、それと同じ気持ちなのかもしれない。


 ただ、自分が着けるとなると、話は別なのよね。

 用意されている衣装は、私の好みが反映されているらしく、比較的シンプルな物が多い。

 でも、それは、この国基準の話で、日本を基準にすると、とても豪華だったりする。

 それらを自分が着けるとなると、未だ日本の感覚を引きずっている身としては、恐れ多くて畏縮してしまう。

 いっそ着けないという選択肢もあるのだけど、嬉々として選んでくれる侍女さん達のことを思うと、断れないのよね。

 なので、諦めて、宝石なんかはイミテーションなんだと思うことにしている。


 もっとも、一番の問題はドレスでも、アクセサリーでもない。

 化粧が終わると、いよいよドレスの着付けに入るのだけど、ここに難関がある。



「それでは、参りますよ」



 マリーさんの合図で、リボンがギュッと締められる。

 思わず「うっ」と呻き声を上げてしまいそうになるけど、なんとか飲み込む。

 侍女さんが締めているのは、コルセットのリボン。

 この国では折れてしまいそうなほど細い腰が理想とされ、貴族の女性達はコルセットで、これでもかという程、ウエストを締め上げる。

 一応、異世界から来たということで、用意されている私のドレスは、この国基準でいうと、まだウエストが太い方らしい。

 私がコルセットに慣れていないこともあり、侍女さん達も手加減はしてくれている。

 それでも、口から何かが出そう。

 昔の人が気絶していたというのも納得の苦しさ。

 こちらの世界に来てから更に痩せたのもあって、コルセットくらい大丈夫だろうと思っていた。

 ちょっとコルセットを舐めていた。

 まさか、ここまで苦しいとは……。

 暫くすれば少しは慣れて苦しくなくなるんだけど、呼吸は普段より浅くしかできない。

 もっと慣れれば、ここまで苦しくなくなるんだろうか?



「大丈夫ですか?」

「はい」



 リボンが結ばれ、ぐったりとしていると、マリーさんに声を掛けられる。

 本当は無理ですって叫びたいけど、グッと我慢する。

 いつか慣れることを祈りながら、今日も難所を越えた。

 コルセットを締めると、次はドレスを着ることになる。

 ここからは早い。

 そうして全ての準備が整うと、漸く講義に向かえる。






 午前に学ぶのはマナーについて。

 歩き方だったり、挨拶の仕方だったり、色々な所作も学ぶのだけど、何気に体力がいる。

 見た目が綺麗な所作って、普段使わない筋肉を使うらしい。

 お辞儀の途中で姿勢を直されている間なんか、足の筋肉が震えている。

 運動不足気味の私にはちょっときつい。

 コルセットでウエストを締め上げているから余計に体力の消耗も激しいのかも。


 講義を受け持っている先生も、普段は高位の貴族子女を教えている一流の先生らしいので、指導が少し厳しいのもあるかな。

 厳しい分だけ、言われたとおりに動くと、とても優雅で綺麗に動けるようになるので、やりがいはあるんだけどね。



「大分良くなりましたね」

「ありがとうございます」



 カーテシーの指導で、先生からお褒めの言葉をいただいた。

 普段が厳しいので、褒められると尚更嬉しい。

 そこまで徹底してやる必要があるのかとは思うけど、やり始めると、徹底してやり込みたくなるのは、もう性格だから仕方ない。

 しかし、日々これを意識して生活している、この国の貴族って大変だと思う。

 慣れてしまえば、そうでもないのかもしれないけど。






 午後からはダンスのレッスン。

 立ち方を覚えるところから始まり、初心者用のステップを覚え、最近は偶に先生とペアになって踊ることができるようになった。

 こちらの講義は、先生曰く、ちょっと駆け足気味らしい。

 それもあって、毎日部屋の中でこっそり復習している。

 こちらも慣れない姿勢をとるためか、最初のうちは筋肉痛になっていた。

 動きは激しいものではないので、思ったほど体力を使わないのだけど、上級者用になってくると分からない。

 今のうちに体力をつけておいた方がいいかも。


 少し広い部屋にいるのは、先生と私だけ。

 今日もステップの復習から始まり、締めは先生とペアで踊る。

 拍子を取る先生の声に合わせて動いていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 今までレッスン中に誰か他の人が来たことはない。

 踊るのを止めて、先生がドアへ向かう。

 誰だろうと見ていると、現れたのは団長さんだった。


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