24　理由

　第三騎士団で自主練を始めてから一週間。

　講義の間と後と練習を頑張ったお陰か、最初の頃より少しは魔法の発動が早くなったような気がする。

　もちろん効力も。

　騎士さん達の申告により、魔法を発動させる間隔も早くなっていれば、『ヒール』の回復量が増えていることも分かった。

　それに師団長様も気付いたらしく、褒められた。

「随分と上達しましたね」

「ありがとうございます」

「予想より早く上達していますが、講義以外でも練習していました？」

　師団長様が分かっているという風に笑う。

　第三騎士団で練習していたのは、ばれているみたい。

　私も悪戯がばれたような顔で笑う。

「ちょっとだけ」

「とても頑張っていらっしゃるようですが、何か目標があるのですか？」

「目標ですか？特にはありませんけど……」

　問われて言葉を濁す。

　目標というか、隣で飄々と魔法を発動する師団長様相手に、ちょっぴりムキになっていた部分はある。

　後は……。

「そのうち討伐の支援要請が来るかもしれませんから……」

　そう言うと、師団長様の目が丸くなった。

　以前、所長とも話したことだけど、前回、前々回の討伐の結果を思い出すと本当にありえそうな話だと思う。

　私の魔力操作が上達して、一番活躍するのは討伐のときだろうし。

　この間の病院のように、戻って来てからの治療であれば、魔法を早く発動させる必要はあまりないからね。

「セイ様は討伐に参加するおつもりなのですか？」

「そうですね。要請が来ればですけど」

「要請が来たらですか？　他に目的があるわけでは？」

「目的ですか？　特にはありませんけど……」

「では、他に何かメリットが？」

　メリット？

　師団長様の言葉に首を傾げる。

　メリットって何だろう？

　普段の業務ではないから、特別報酬が出そうとか、それくらい？

　それよりも、意外そうな顔をしているけど、師団長様は私を討伐に参加させるつもりで鍛えてたんじゃないの？

　実技が今の形式になったのは、魔力制御だけできても意味がないからという、師団長様の方針が理由だ。

　実戦に役立ちそうなやり方だったから、てっきり師団長様は私を討伐に参加させるつもりなんだと思っていたのだけど、違うのかな？

　そう尋ねたら、今度は師団長様が首を傾げた。

「討伐のために鍛えてたんじゃないんですか？」

「えぇ、そういうつもりはなかったのですが……」

「じゃあ、一体なんで？」

「魔力制御だけできても仕方ないというのも理由の一つですが、セイ様の魔力を観察したかったのもありますね」

「そうなんですか？」

「そうですよ」

　当然のように答えられた理由は、予想外のものだった。

　魔力が観察したかったからって……。

　確かに、講義の間に観察するとは聞いていたけど、そっちが本命だとは思わなかった。

　思わず、脱力してしまう。

「でも確かに、そのうち支援要請は来るかもしれませんね」

　少し考え込む仕草をして、師団長様はそう言った。

　何となく、墓穴を掘ったような気がしなくもない。

「やっぱり、来そうですか？」

「うちにも何人か聖属性魔法の使い手はいますが、それほどレベルが高くはありませんからね」

「師団長様も使えるのでは？」

「私も使えますが、討伐のときには攻撃してる方が多いですね」

　そうね。

　多分私より聖属性魔法のレベルが高い人なんて、いないですよね。

　そして、何となく師団長様から漂う脳筋臭。

　一応、宮廷魔道師団のトップよね？

　攻撃している方が多いって、魔道師さん達の指揮はしていないんだろうか？

「要請が来るとしたら、行き先は西の森になりそうですね」

「西の森ですか？」

「セイ様のレベルでしたら、西の森でも問題はないでしょう」

「でもあそこって……」

　行き先を聞いて、眉根が寄った。

　西の森はサラマンダーが出た森で、前回の討伐でも多数の負傷者を出した場所だ。

「西の森なら瘴気も濃いですしね。セイ様の魔力がどの程度、瘴気に影響を与えるかも気になります。後は……」

　私の不安を他所に、師団長様は既に西の森での研究に思いを馳せているようだ。

　私からすると、前回、前々回の討伐の被害は、とても大きかったように思え、西の森に行くのは怖い。

　しかし、様子からして、師団長様は西の森を特別視しているようには感じられない。

　騎士さん達の話でも、西の森であれほどの被害が出るのは珍しいという風な感じだったから、普段はそれほど危険な場所ではないのだろうか？

　でも、二度あることは三度あるって言うし……。

「いかがされました？」

「いえ……、その……」

　ぶつぶつと呟く師団長様を見ながら考えていたら、目が合った。

　私の視線に気付いたらしい。

　西の森に行くのは不安だって伝えた方がいいのだろうか？

　言っていいものか、悪いものか悩ましくて言葉を濁す。

　考えていることが顔に出ていたのか、師団長様は西の森について話し出した。

「先程もお伝えしましたが、セイ様のレベルであれば西の森での討伐は楽勝と言ってもいいでしょう」

「そうなんですか？」

「えぇ。私も何度も行っていますが、最近では手応えがなくなってきてしまって……」

「はぁ」

「この間は大量に魔物が溜まっていたらしいので、参加できていれば楽しめたのでしょうが、生憎と寝込んでいましたしね」

「……」

「前回のこともありますし、次回の討伐は、そう間を空けずに行われるでしょう。魔物の数もいつも通りか、少ないくらいかもしれません。セイ様の初陣には丁度いいですね」

　そう締め括って、私を安心させるように師団長様は微笑んだ。

　あれだけの被害があった討伐に対して、楽しめたかも何て言える師団長様は本当に強いのかもしれない。

　討伐後の騎士さん達を見ていたから、その意見には釈然としないけど。

　ただ、次回の討伐に関する推測には同意できる。

　前回は討伐の間隔が空いたから魔物が溜まってたって話だったしね。

　それを踏まえれば、次回の西の森の討伐は、そう遅くない時期に行われるだろう。

　考えをまとめるのに黙っていたら、まだ悩んでいると思われたのか、師団長様が言葉を加えた。

「大丈夫ですよ。次回の討伐には私も一緒に行きますから」

「一緒に行っていただけるんですか？」

「もちろんです。貴女には傷一つ付けさせません。私が守ります」

　師団長様の言葉に、私は曖昧に笑って返した。

　他の人であれば、師団長様に「私が守ります」なんて言われたら、浮かれてしまうかもしれない。

　でも、私は素直に受け取れなかった。

　受け取れなかった私は悪くない。

　だって、「（研究に必要な）貴女には傷一つ付けさせません」って、副音声が聞こえたような気がしたもの。