03 五割り増しの奇跡
【残酷な描写】怪我・火傷の描写があります。
「『ステータス』」
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小鳥遊 聖 Lv.55/聖女
HP:4,867/4,867
MP:5,867/6,067
戦闘スキル:
聖属性魔法:Lv.∞
生産スキル:
製薬 :Lv.21
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喚び出されて三ヶ月。
研究所で只管ポーションを作っていた私の製薬スキルは21レベルまで上がった。
ポーションは10レベル毎に作れるランクが上がるので、現在は上級HPポーションも作れる。
ただし、まだ失敗することも多かったり……。
上級のポーションは使用する薬草も貴重な物が多いため、あまりにも失敗が多いこのレベルでは中々作らせてもらえない。
20レベルを超えて作った上級HPポーションはまだ3つなのよね。
それでも、そもそも上級のポーションを作れる人間が少ないため、研究員の私が上級のポーションを作れるようになったのは快挙らしい。
今までは研究所に上級のポーションを作れる人間が一人もいなかったらしく、研究で使うときには外部に注文して取り寄せていたらしいので、私が作れるようになった時には、その分の手間とコストが減ると喜ばれた。
製薬スキルのレベルを上げるためにはポーションを作る必要があるのだが、一般的には魔力が枯渇してしまうので、一日に作れるポーションの個数に限界があり、なかなかレベルを上げられないのだそうだ。
私?
「相変わらず、おかしな量を作ってるね」
「そう?」
「うん。一日に中級のポーションを10本以上作れるとか、十分おかしいから」
目の前の保管庫にはずらりと並んだ中級HPポーション達。
性能はもちろん一般の五割り増し。
研究所の所長曰く、下手をすると一般の上級HPポーションより性能あるかもとのこと。
そんな私の作るおかしな性能のポーションの原因を探るため、ジュードと二人、日夜検証を続けた。
でも一向に原因がわからなくて、終いには他の研究員まで検証に加わることに。
色々な角度から検証をとのことで、作成経過を検証する者、ポーション自体を検証する者などに分かれて検証を行ったのだが、その間、私は只管ポーションを作り続けた。
一日中。
あれはいつだったか、その日150本目の下級HPポーションを作っていた時だった。
ジュードが言ったのだ、「まだ作れるの?」と。
それに対する私の返答は、「何のこと?」だった。
そこで漸く、一般的な一日に作れるポーションの個数というもの知った。
ポーションに注ぐ魔力はランクが高くなるにつれ必要量が多くなるそうで、下級で100本、中級で10本程度が一般的に一日に作れる本数だそうだ。
これは専門的にポーションを作っている薬師の話で、研究所の人間はもう少し少ないらしい。
確かにポーションを作っているとMPが減るけど、微々たる物だから、全然気にならなかったのよね。
そこでジュードに、製薬中に魔力を注いでいないんじゃないかとか色々言われたけど、MPはしっかり減ってるし、そもそも魔力を注がなければ、ただの薬草を煎じた汁ができあがるだけ。
結局、所長の「性能が上がる方の研究を優先しろ」との声で、私はポーション作成の日々に戻った訳だが、少々調子に乗り過ぎたらしい。
研究に使うよりも私が作るポーションの方が多くて、余るようになった。
市場に卸せばいい金額になるのだが、如何せん性能が一般の1.5倍で、このまま卸すと問題になるということで、研究所には現在素敵な量のポーションがある。
「また沢山作って。所長に怒られるよ」
「集中して作ってたら本数を数えるの忘れてたのよね」
嘘です。
早く文句を言われずに上級HPポーションを作れるようになりたくて、レベル上げをしていただけです。
薬草は薬草園の物を使っているので、この間、薬草園の薬草が少なくなって来たって所長に文句言われたのよね。
怒られるのは嫌なので、今日作ったポーションは自室に隠すかと思い、今日作った分を保管庫から取り出しているとバタンと大きな音がして研究室のドアが開いた。
後ろを振り返ると息を乱した兵士が「所長は?」と大きな声で叫びながら、研究室に飛び込んできた。
所長室のドアを指差すと、大慌てで所長室に向かう。
一体何があったんだろう?
暫くすると兵士と所長が所長室から出てきた。
「緊急事態だ、今ある回復系のポーションを集めろ」
「何があったんですか?」
「第三騎士団がゴーシュの森から戻ってきたんだが、サラマンダーが出たらしくてな。怪我人が多くてポーションが足りないらしい」
所長の近くにいた研究員が聞くと、状況が分かった。
第三騎士団はこの一週間、王宮西にあるゴーシュの森で魔物の討伐を行っていたのだが、どうやらそこで甚大な被害が出たらしい。
いつもは甘いマスクでにこやかに微笑んでいる所長が、鬼気迫った顔で指示を出し、途端にバタバタと研究員たちが机の引き出しや棚からポーションを研究室入り口近くの机の上に集める。
私もジュードと一緒に保管庫からポーションを取り出して運んだ。
机の上に集まるポーションを見て「こんなに!」と兵士さんが驚く。
えぇ、最近溜め込んでいましたから。
保管庫から全てのポーションを取り出し終わり、その後、部屋に置いてある上級HPポーションの事を思い出したので、取りに行った。
部屋から戻ると、研究所のポーションを集め終わったらしく、ドアの外に来ていた荷馬車にポーションを積み込み終わったところだった。
「何人か一緒に来い」
所長の指示で、入り口近くにいた研究員が荷馬車に乗り込む。
私が走って荷台に乗り込んだところで、馬車が走り出した。
「ねぇ、ゴーシュの森って竜なんて出るの?」
「竜?いや、出ないよ」
「サラマンダーって火竜の事じゃないの?」
「ん?サラマンダーはただの火を噴く
一緒に来たジュードにサラマンダーについて質問すると、予想外の答えが返ってきた。
サラマンダーって竜じゃなかったんだ……。
脳内イメージでは火竜だったのに……。
「蜥蜴なのに、そんなに被害が出るって……」
「蜥蜴って言っても大きいからね。その癖すばやい。竜種ではないとは言え、ランク的には上位に入る魔物だよ」
「そう」
サラマンダーの脳内イメージが体長10メートルのコモドオオトカゲになった。
これが火を噴いて高速で向かってくるなんて、対峙した瞬間、生を諦めて動けなくなる自信がある。
そんな上位の魔物と戦うなんて騎士団も大変ねと考えていると、荷馬車が王宮の一角で止まった。
すぐ側の建物に入ると、中は戦場だった。
「これは酷い……」
「……」
普段は広間として使われている部屋には、多くの負傷者が寝ており、彼等の間を医者や看護師と思われる人間が走り回っていた。
部屋には怪我や、サラマンダーの火による火傷によって呻く負傷者達の声が溢れ、医師の「ポーションはまだか!」という叫び声が響く。
先程まで暢気に構えていた頭は冷え、呆然と立ち尽くしていると、先頭に立っていた所長が手を叩いた。
「持ってきたポーションを配分しろ!お前ら二人はあっち、ジュードとセイは向こうを頼む」
「「「「はい!」」」」
持って来たポーションを数本ずつ持ち、あちこちにいる医者に配っていく。
医者は大抵重傷者の側におり、ポーションを受け取るとすぐさま患者に与えた。
全体的にポーションが不足しているためか、普通であれば中級HPポーションでもなければ全快が難しいような重傷者にも下級HPポーションが与えられる。
医者の気持ちとしては与えないよりはマシと言ったところかな。
患者が生死の境目にいるならば尚更。
与えることで生き残れることもあるからね。
「これは!」
研究員に手渡されたポーションを患者に与えた医師は驚いていた。
魔物の爪に大きく皮膚を切り裂かれ、荒い息をしていた患者にポーションを与えたところ、傷が完全に消え、患者も急に無くなった痛みに閉じていた目を開き、恐る恐る体を確認していた。
いたる所にあった細かい傷なども含め、全ての傷が消え、顔色も真っ青だったのが回復していた。
「下級だったよな?」
医師は怪訝な顔で、手の中にある空瓶をかざして見ていたが、全て患者に与えた後であり、ランクの判別は難しいと思う。
医師が与えたのは確かに下級HPポーションだったが、それはただの下級HPポーションではない。
私が作った五割増しポーション、つまり性能自体は中級のポーションだ。
医師に何かを聞かれる前にその場を離れ、次々とポーションを配り歩く。
あちらこちらで医師や看護師達の戸惑う声が聞こえたが、無視した。
今は配る方が先だ。
「上級HPポーションは無いかっ?」
広間の奥の方で、誰かの声が聞こえた。
声がした方を見ると何人かの医師や騎士が集まっている箇所があった。
声がしたのはあそこからか?
手持ちのポーションに中級HPポーションがあったので、それを持って向かうと、近付くにつれ議論している声が聞こえた。
「これは上級でも難しいだろ。回復魔法が使える者はいないのかっ?」
「回復魔法でも4レベル以上でないと……」
「聖女様はどうした?あの方は4レベルの回復魔法が使えるんだろう?」
「それがカイル殿下が、この様な惨い場面を聖女様にお見せできないと……」
「何だとっ!」
カイルって、確か第一王子の名前、あの将来禿げそうな赤髪君よね。
確かに重症患者の患部をモザイクなしで見るのは、とてもきつい。
スプラッターに割と耐性があると自負する私でも直視がきつくてなるべく見ないようにしながらポーションを配ったのだ、あのゆるふわ愛良ちゃんでは見た瞬間に気を失うかもしれない。
愛良ちゃんが来れないことを説明する文官らしき人物に食って掛かっている騎士は、患者の友人だろうか?
人垣のせいで患者が見えないため判断は付かないが、上級HPポーションでも持ち直すのが難しいほどの重症の様だった。
人垣を見渡すと所長がいたので傍に行くと、気付いた所長に声をかけられた。
「セイ、上級HPポーションは残ってないか?」
「ああ、それなら「団長!」」
声をした方を向くと、医師や看護師が慌しく動き出した。
患者の容態が急変したらしい。
私も人を掻き分け、患者の傍に行く。
近くで見る患者は右上半身が焼け焦げ、彼方此方に様々な傷があり、生きているのが不思議な程の重症であった。
荒い息が徐々に静かになっていく。
「ちょっと、どいて!」
医師を押しのけ患者を見ると、間もなく息を引き取りそうな気配がした。
慌ててエプロンのポケットに入れていた上級HPポーションを取り出し、蓋を開け、口元に持って行く。
大きな声で「飲みなさい!」と言うと、少しずつだが、どうにか飲み込めるようだった。
どれ位の時間が過ぎたか、ポーションを全て飲み終わらせ、患者を見ると、黒焦げだった皮膚が剥がれ、その下から綺麗な肌が現れていた。
ふぅっと、良い仕事したぜ的な息を吐くと、周りから「うおおおおおおおおおおおおおお」っと歓声が起こった。