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舞台裏04-01 Another Side(前編)

ブクマ&評価&感想ありがとうございます!


大変お待たせいたしました。

今回はもう一人のお話になります。


『お嬢』さんにレビューをいただきました!

癒しになっていると仰って頂けて嬉しいです。

ありがとうございます!

 御園(みその)愛良(あいら)は、その時、十六歳の高校生だった。


 一緒に住んでいた家族は父親と母親、両親だけで、彼女は一人っ子だ。両親は共働きで、愛良は家にいるときは一人でいることが多かった。


 その日、両親は丁度繁忙期で、深夜だというのに家にいたのは愛良一人だった。愛良は自室で雑誌を読んでいたが、喉が渇いたのと、少し甘い物が食べたくなったこともあり、自宅マンションの一階にあるコンビニまで出かけることにした。玄関で靴を履きドアを開けようとしたところで足元から白い光が溢れ出し、愛良は眩しくて目を閉じた。瞼越しに感じる光が収まったところで、そっと目を開くと、見覚えの無い部屋にいた。



(何これ?)



 今の今まで自宅にいたはずだったが、目の前に広がるのは愛良の見知らぬ風景だった。床も壁も石造りで、周りでは見慣れない格好の人達が歓声を上げて喜んでいる。愛良は、どこか映画でも見ているような気分でその光景をぼんやりと眺めていた。



 もう一人、愛良と同じく召喚された者がいたのだが、愛良が彼女に気付くことはなかった。もう一人の女性は愛良の右斜め後方に座り込んでいた。愛良自身、許容量を超えた現状に、頭が考えることを放棄していたのもあり、後方にまで意識が向かなかったからだ。この時、愛良が彼女に気付かなかったのが最初の分岐点だった。



 暫くして、ドアの開く音が聞こえ、反射的に音のした方に視線をやると、三人の青年が部屋に入ってきた。彼等の格好もまた見慣れない物であり、三人の整った顔が、まるで俳優の様で、余計に映画のようだと愛良に思わせた。三人は愛良の方に向かってくると、そのうちの一人、最も身分の高そうな赤い髪の青年が愛良の前に跪いた。そして、微笑みながらこう言ったのである。



「貴女が聖女か?」



 赤い髪の青年、スランタニア王国の第一王子であるカイル・スランタニアの言葉は愛良の耳にちゃんと届いていた。しかし、愛良には音として認識できていたが、その内容は頭に入ってこなかった。愛良がぼんやりとカイルの顔を見上げている間にもカイルは何かを話しかけていたが、その内容は右から左に愛良の頭の中を流れて行くだけで、さっぱり理解できなかった。愛良の様子が少しおかしいことに気付いた濃紺の髪の青年、カイルの幼馴染であり現宰相の息子であるダミアン・ゴルツ、が何かをカイルに囁くと、カイルは「とりあえず移動しよう」と言い、愛良の手を取って立ち上がった。


 カイル達に連れられて、王宮の長い廊下を歩き、日当たりのいい部屋へ入る。長い廊下を歩いている間に、幾分か愛良の気持ちも落ち着き、周りの様子を窺うことも出来るようになった。そうして部屋にあったソファーに腰掛けると、愛良は漸くカイル達と話をする余裕が出てきた。



「改めて、私はこのスランタニア王国の第一王子であるカイル・スランタニアだ。貴女の名前を聞いても良いだろうか?」

「御園、愛良です」



 愛良は問われるままに名乗ったが、口にした後に、姓名を逆に言うべきだったかと思った。



「あ、愛良が名前です」

「そうか、アイラの国では我が国とは姓名の順番が異なるのだな」



 か細い声ではあったが、漸く言葉を発した愛良に、カイル達の笑みが深くなる。先程も儀式を行った召喚の間にて、愛良に自己紹介をしたのだが、どこかぼんやりとして反応の無い愛良に、召喚に不備があり、愛良が体調を崩したのではないかとカイル達は心配していたのだ。



「あの、私は何でここに?」



 それは、まず最初に愛良の頭に浮かんだ疑問だった。コンビニに行こうとしてドアを開けたらヨーロッパだった。実際にはドアを開けてはいないのだが、愛良の認識としてはそんな感じだった。愛良自身、何を言っているのだろうと思う内容ではあるが。



「我々が貴女を【聖女召喚の儀】で召喚した」

「聖女?」



 首を傾げる愛良に、カイルの隣に立っていたダミアンが【聖女】と【聖女召喚の儀】について説明をする。彼の説明によって、愛良は自分が魔物を倒すために異世界に召喚されたことを知った。異世界召喚。漫画や小説の中の話でしかなかったことが、今現在自分の身に起きている。現実味はとても薄かったが、そこまで理解したところで、ふと自分は日本に帰れるのだろうかと疑問に思った。物語の中では、目的を果たせば元いた世界に戻れる場合もあった。



「あの……、その、魔物を倒せば元の世界に戻れるのでしょうか?」

「いや、前に召喚した聖女が元の世界に戻ったと言う話は聞かないな」



 僅かな期待を抱きながら、愛良が思いついたことを思いついたままに口にすると、ダミアンは先程の説明に補足するように教えてくれた。曰く、前回儀式が行われたのは遥か昔で、その時に召喚された【聖女】が元の世界に戻ったと言う話は残っていないと。



「戻れ、ないんですか?」



 呆然とした表情で、ぽつりと零す様に呟く愛良に、それまで【聖女】を召喚できたことに喜んでいたカイルの表情が怪訝な物に変わる。愛良が召喚されたことは、カイル達にとって喜ばしいことであったが、愛良にとっても喜ばしいことであるとは限らなかった。カイルがそこに思い至ったのは、愛良の目から一粒の涙が零れてからだった。







 【聖女召喚の儀】から暫く経ち、愛良がスランタニア王国にも慣れてきた頃、カイルから王立学園(アカデミー)に通うよう言われた。学園には王国の貴族の子達が通っており、基本的な学問に加え、魔法も学べることから、【聖女】として学ばなければならないことの大半を学園で学ぶことができるだろうと言う話だった。愛良は、その提案に一も二もなく頷いた。この頃には、愛良はカイルに依存していた。



 愛良が涙を零して以降、カイルは何かと愛良の世話を焼いていた。召喚によって、愛良が家族や友人達と離れ離れになってしまったことに罪悪感を覚え、その罪を償うように。あの一件で、カイルにとって愛良は庇護しなければいけない者となっていた。カイルは少しでも愛良の心が慰められるよう、思いつくままに行動を起こした。カイル自身、学園に通ったり、国王と比べれば少ないながらも公務に勤しんだりする中、なるべく時間をとって愛良の側にいるようにした。また、何も持たずにこの国に来た愛良のために、流行のドレスやアクセサリー、その他身の回りの物や、見た目も可愛らしいお菓子等を贈った。カイルの側近達も同様に、カイルがいない時間は交代で愛良の側に侍り、持ち寄ったお菓子を食べながら、この国のことや愛良がいた世界のこと等を話したりして過ごしていた。真綿でくるむように大切に扱われ、他に寄る辺のない愛良は段々と彼等に依存するようになった。



 一人娘だったため、両親は愛良をとても大切にしていた。愛良の家は裕福だったこともあり、彼女が幼い頃からおもちゃや洋服等、彼女が望む望まないとに関わらず、両親からは様々な物が与えられていた。

特に母親は愛良に可愛らしい洋服を着せることが好きだった。母親が休みの日には、決まってお出かけ用の服を着て、色々な所に連れて行かれることが多かった。母親にとって愛良は可愛い人形であり、また幼い頃からそうであったため、愛良はそうされることに疑問を感じていなかった。母親の指示する通りに行動していれば何の問題もなかったからだ。



 異世界に召喚され、家族とは離れ離れになってしまったが、愛良にとってカイル達の行動はかつての家族と重なった。故に、慣れるに従って、何の疑いもなくカイルから与えられものを受け入れ、彼の言う通りに行動するようになった。それは愛良にとって当たり前のことだった。


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