16 魔法
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まったり更新にも関わらず、お読みいただき、ありがとうございます。
これからも、ぼちぼち頑張っていきたいと思います。
【残酷な描写】怪我・欠損・火炙りの描写があります。
「痛っ」
今日はいつものお料理教室の日ではなかったのだけど、何となく気が向いて、食堂でお手伝いをしている。
メニューは既に決まっていたので、それに従って材料を切っているところだった。
野菜と一緒にうっかり指も切ってしまった。
あまり深くは切らなかったようだけど、じわじわと血が滲んできている。
そっと周りを伺うと、料理人さん達は昼食の準備で忙しく、今は誰もこちらを見ていない。
「『ヒール』」
周りに聞こえないよう、小さな声で回復魔法を唱えると、指の切傷はあっという間に治ってしまった。
魔法って凄い。
先日王宮の図書室から借りてきた本を読んで、魔法の使い方と言うのを学んだ。
いざという時、座学だけでは心許無いので、機会があれば積極的に使っている。
所謂、練習ね。
やっぱりちゃんと実践してみようとしたのは正しくて、最初は上手く魔法が発動しなかった。
本を片手に、あーだこーだやっていたら使えるようになったので、とりあえずは良しとしている。
第二、第三騎士団へのポーションの受け渡しも終わり、騎士団は予定通り王都西のゴーシュの森へ向かった。
準備期間は短かったけど、持ち前のMPでごり押し、何とか期間内に注文されていた全てのポーションを作成することができた。
後は騎士団が無事に戻ることを祈るだけだ。
この所、第三騎士団の騎士さん達が研究所の食堂を利用することもあったせいか、彼らが留守にしている現在、いつもより食堂がすいている気がする。
もっとも、すいている理由はそれだけではないのだけど……。
「ここの食事は美味しいとは聞いていたが、これほどだとはな」
そう言って、目の前の彼は目を輝かせながら本日の定食を上品に召し上がっていらっしゃる。
本日の定食はチキンの香草焼きと具沢山の野菜スープにパンが付いた物だ。
食堂がすいているのも、パンがいつもとは違う、ちょっと豪華なパンなのも、きっと目の前の彼のせいだ。
「食が進んでいないようだが、具合でも悪いのか?」
「いえ、体調は問題ないんですけど……」
どうしてここにいるのか、小一時間問い詰めたいです、王様。
前回会った時よりも、幾分地味な色合いの衣装を着ているとはいえ、そのキラキラしい雰囲気は隠せていませんよ。
そして目の前に色気駄々洩れの王様、その後ろの騎士さんと侍従さんに見つめられた状況で食が進むほど、私の神経は図太くない。
「あの……、どうしてこちらに?」
食堂のお手伝いも一段落し、そろそろお昼ご飯でも食べようかと思って食堂に移動したら、そこで王様に捕まった。
護衛の騎士さんが一人と侍従っぽい人一人だけが一緒だったから、恐らくこちらに気を使って人数を減らしてくれたんだとは思うんだけど、そもそも王様がいる時点で周りは気を使うわよね。
お陰で私と王様が座っている周辺のテーブルは、がっつり空いている。
食堂の隅っこのテーブルを選んだ私はえらいと思うわ。
真ん中のテーブルだと、食堂自体が閉鎖される恐れがあったもの。
それは今日の昼食を用意してくれた料理人さん達に悪いものね。
「少し、貴女と話をしたいと思ってね」
「そ、そうですか」
話をしたいと言った王様だったけど、特に用事があった訳ではないようで、雑談と言ってもいいような話ばかりだった。
主にこの国に来てから、どう過ごしていたかと言う話に終始していた気がする。
休日は何をしているのかと聞かれ、大抵研究室か王宮の図書室にいると答えたら、案の定、それは休みになるのかと心配された。
元々趣味がハーブ育成やアロマセラピー、それに料理等だったので休日もやることが変わらないんですと言うと、一応納得してくれたみたいだけど。
そうして一通り話して、食事が終わると、王様は「また来る」というありがたくも無いお言葉と共に王宮に戻られた。
数日後、王都西のゴーシュの森での討伐が無事に終わり、第二、第三騎士団が王都へと戻って来た。
東と南の森よりも少し王都から離れていることもあり、移動も含めて出発から戻ってくるまでに二週間程経っていた。
ポーションはちゃんと役に立ったらしく、今回の討伐では死者が出なかったと聞きほっと一息ついたのは一週間前のこと。
ただ、死者は出なかったものの、負傷者はそれなりにいて、王都に戻って来てから病院のような所に入院することになった人たちもいたようだった。
討伐から帰ってきた直後は色々と後処理があるらしく忙しいと団長さんから聞いていたので、少し日を置いてから病院にお見舞いに行くことにした。
仲良くなった第三騎士団の騎士さん達も何人か入院していると聞いたからね。
お見舞いには、いつものクッキーを焼いて持って行くことにした。
「こんにちは~」
「おー、セイじゃないか」
「体調はいかがですか?」
「この通り、元気元気」
「何言ってるんだ、戻って来た時は死にそうな顔してたくせに」
「うるせーぞ」
皆が入院している建物の中に入ると、まさしく病院という感じで、騎士さん達がいるところは十人一部屋の大部屋だった。
最初に見つけた騎士さんがいる部屋は体幹部に負った裂傷や刺傷が治りきっていない人達が多かった。
話を聞くと、しばらく討伐に行っていなかった西の森には大量の魔物が溜まっていたらしく、討伐では、かなり多くの負傷者が出たらしい。
ポーションの数にも限りがあるということで色々と工面し、何とか死者だけは出なかったとか。
そのため、この部屋にいる人達はポーションで止血だけして王宮に戻って来たのだそうだ。
一週間の間に、それなりに元気にはなったようだけど、実のところまだ安静にしていないといけない人がほとんどだとか。
それなりの人数が入院していることもあり、暫くは討伐もお休みらしいのだけど、動けるようになった人からどんどん退院して騎士団に戻るんだって。
一日訓練をサボると、元に戻すのに倍以上時間がかかるからとか。
私も大概だけど、騎士さん達も相当な
「大変だったんですね」
「それでも、生きて帰れただけマシだったな」
「そうそう、セイのポーションのお陰だよ」
「ポーションが役に立ったんなら良かったです」
皆が口々にお礼を言ってくれるので、少し照れてしまう。
何にせよ死者が出なくて良かった。
色々と話をしたけど、この部屋以外にも第三騎士団の人達がいるという話だったので、この部屋の人達にお別れを言い、次の部屋に移動した。
どこの部屋に行っても同じ様な感じで、皆にお礼を言われるので、ポーション作成頑張って良かったなぁと思っていた。
そうやって暢気にお見舞いできていたのは何部屋目までだっただろうか。
その部屋にいた顔見知りの騎士さんを見つけて声を失った。
「おっ、見舞いに来てくれたのか?」
いつものように、にかっと笑って声を掛けてくれた彼の左腕がなかった。
何とか頷いて返事をしたけど、私のいつもと違う様子に、彼は困ったように笑い、右手で頭をかいた。
いつもそこにあったものが無いということが、これほどショックを受けるものだとは思わなかった。
何と言っていいのか、言葉が出なかった。
「その腕……」
「おぅ、ヘマやっちまってな」
魔物に持ってかれたよと彼は豪快に笑った。
ポーションで治せなかったのかと聞くと、上級HPポーションでも指先の欠損を治せるのが精々らしく、腕となると無理だと言う話だった。
そういう意味では、サラマンダーの時の団長は運が良かったよなと彼は笑う。
「ポーションで治せないとなると、後は回復魔法で治すんでしたっけ?」
「うん、まぁそうなんだけどなぁ」
以前聞いた、回復魔法の方がポーションよりも効果があるという話をしたけど、彼は微妙な表情で口篭った。
「何か問題があるんですか?」
「回復魔法でもなぁ、欠損を治すのは難しいんだよ」
彼の話では回復魔法で手足の欠損を治すには聖属性魔法のレベルが8レベルは必要だという話だった。
そして問題なのは、今王宮には6レベル以上の聖属性魔法の使い手がいないため、手足の欠損を治せる人がいないからだそうだ。
「いないんですか?」
「元々、魔道師の中でも聖属性魔法が使える奴は少ないんだ」
魔道師自体が少ないということもあるが、その中でも適性のある属性と言うのはばらけていて、ほとんどの属性は回復魔法が使えず、欠損を治せる程の回復魔法を使えるのは聖属性魔法に適性がある者だけらしい。
魔道師の中でも均等な割合で適性のある属性がばらけているとしたら、回復魔法が使える魔道師はどれだけ少ないのか。
「止血にポーションが使えただけでも良かったさ。じゃなきゃ、火で炙る羽目になっただろうからな」
聞くだけで痛い話だ。
「今日は来てくれてありがとな。最後に会えて良かった」
「え?最後?」
「動けるようになったら、騎士団を辞めて故郷に帰ることにしたんだ。この腕じゃ騎士を続けるのは難しいからな」
言われて納得した。
納得はしたくないけど。
二の腕の途中から無くなってしまった彼の腕をじっと見る。
ポーションで止血したせいか、切り口は綺麗に肉が盛り上がっていて、骨なども見えない。
そこにあった物が無くなってしまっただけで、彼が言う通り会えなくなる。
彼は確か王立
騎士団を辞めれば、その身分は再び平民となり、王宮にも来れなくなると思う。
そう考えて、とても寂しくなった。
そっと彼の腕に触れると、彼はびくりと体を揺らした。
「もし……。もしも腕が治るとしたら、治したいですか?」
「それは……」
私の問いかけに、今まで笑顔だった彼の表情がくしゃりと歪んだ。
そりゃそうだよね。
誰も好き好んで腕を無くしたい訳じゃない。
欠損を治すのに必要な聖属性魔法のレベルは8レベル。
私は十分にその条件を満たしている。
でも、ここで治してしまったら、一般人だと言い張るのは難しくなると思う。
もしも彼が見知らぬ人だったら、何も見なかった振りをして立ち去ったかもしれない。
いや…………。
多分、見知らぬ人だったとしても、見てしまった以上、結局は治すことになるんだろう。
見なかった振りをして立ち去っても、きっと気になって戻ってしまう気がする。
心がもやもやしてね。
私は結構小心者なのよ。
彼に触れている方の掌に、体内の魔力を集中させる。
集中させる魔力の量によって、どの程度まで治すのかが調整できるの。
今回は腕一本分の欠損を治すので、いつもよりかなり多くの魔力を集める。
どうか上手く治りますように。
そう祈りながら、私は魔法を唱えた。