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02 ポーション

 【聖女召喚の儀】

 スランタニア王国に古の時代より伝わる儀式。

 はるか昔、王国が瘴気に覆われ、魔物が蔓延(はびこ)りし時、いずこかより現れた乙女あり。

 乙女はその術を用いて、魔を払い、王国に平和を(もたら)したとされる。

 人は彼女を聖女と呼んだ。

 瘴気と言うのは割りと身近に発生するものらしい。

 詳しい理論は判明していないが、ある一定以上の濃度の瘴気が魔物となるらしく、瘴気が濃くなれば発生する魔物もそれに比例して強くなるそうだ。

 そこにいる魔物を倒すとその周辺の瘴気は薄くなるため、魔物を倒し続ければ瘴気が必要以上に濃くなることは防げる。

 しかし数世代毎に、魔物を倒す速度を遥かに超える速度で瘴気が濃くなる時代があったそうだ。

 そのような時、昔から王国内に聖女となる乙女が現れたそうだ。

 聖女の使う術と言うのは、かなり強力なようで、あっという間に魔物が殲滅されるらしい。

 この術のおかげで、魔物を倒す速度と瘴気が濃くなる速度の釣り合いが取れるようだ。

 一説によると聖女がいるだけでその周辺の瘴気が濃くならないとの報告もあったそうだ。

 どんだけー。

 そんなふうに常日頃は自然発生する聖女だが、ただ一度だけ、どれだけ瘴気が濃くなろうとも現れなかった時代があった。

 時の賢者達があらゆる術を検証し構築したのが、彼方より聖女となる乙女を召喚する、この儀式であると言われている。



 はた迷惑なことに、そんな儀式で喚び出されました。



 この儀式、如何せん大昔に一度きり行われた儀式なもので、本当に聖女が喚び出されるか、やってみるまでは分からなかった代物らしい。

 しかし時の賢者達と言うのは偉大だったようで、本当に喚び出されましたよ。

 二人も。

 聖女は、その時代に一人しか現れなかったらしいけどね。

 今回喚び出されたのは、何故か二人。

 過去と比較して、今回はかなりひどい状態らしいので、それに比例して人数も増えたのだろうか?

 謎である。



 ここまでが、この一ヶ月で知った【聖女召喚の儀】についての話である。

 そして、現在、私は王宮にある薬草園の隣にある薬用植物研究所に住んでいる。

 ええ、宮殿にではありません。

 研究所(・・・)に住んでいます。



 あの儀式の後、部屋に入ってきた赤髪君は紛れもなく、この国の第一王子様であったようだ。

 その第一王子様は私には目もくれず、只管もう一人の女の子、御園(みその)愛良(あいら)ちゃんに話しかけ、愛良ちゃんだけを連れて部屋を出て行った。

 まあね。

 こちらは二十代、片や愛良ちゃんは十代後半。

 どちらが王子様と年が近いかと言うと、もちろん愛良ちゃん。

 しかも茶色のふわふわとした髪に、透明感のある白い肌に薔薇色の頬、少したれ目の守ってあげたくなるような可憐なゆるふわ女子。

 忙しさのあまりこだわる事もなく一纏めに括ったぼさぼさ髪に、不健康に白い肌、目の下に万年クマが居座っているような眼鏡女と比較するのはおこがましいってものよね。

 愛良ちゃんだけを目に入れたいって気持ちもわからなくはない。

 でもね、断りもなく人を呼び付けておいて存在を無視するとはいい度胸だと思う。

 周りにいた騎士やローブもあまりの王子のスルー(りょく)に呆気に取られていたが、取り残された私に気付くとひどく狼狽していた。

 見事にスルーされた私をどう扱っていいのか分からなかったんだろうね。

 そのまま呆けててもしょうがないので、その辺にいたローブの襟首をつかみ、儀式のこと等を問い質した。

 その過程で、どうやら異世界に召喚されたらしく、元いた世界に戻る方法は今のところないってことが分かった。

 それで必要なことを簡単に聞き終えた私は、やっぱり頭にきてたんだろうね、その足でこの国を出ることにした。

 まずは手始めにこの部屋から出て、この部屋がある王宮から出て、王宮のある王都から出て、最終的には隣の国に行こうとした。

 とにかく、ここにいたくなかった。

 必要なことを聞き終えた私がローブの襟首から手を離し、部屋の外に出ると、慌てた騎士達が後ろを追いかけて来た。

 追いかけてきた騎士に止められ、王宮内のどこかの部屋に通され、メイドに出された紅茶を飲みながら待つこと一時間。

 漸く来た、この国の高官らしき人物に更に詳しくこの国のことや、私の置かれている状況について等を聞いた。

 その時に聞いた外の様子から、私を止めてくれた騎士にとても感謝した。

 いくらなんでも王都を出たら魔物が闊歩する草原が広がっているとか、隣の国まで馬車で一週間かかるとか、道中盗賊が出ることもあるとか、正直この世界のことをよく分かっていない私には隣国までたどり着くというのは、はっきり言って無理ゲーだった。

 明らかな無理ゲーを敢行しようとしていた私は相当に頭に血が上っていたんだと思う。

 その後、少し落ち着いた私は「暫くは宮殿内でお過ごしください」という高官の言葉に従い、暫くは宮殿内に住んでいた。

 二週間ほど。

 最初の三日間は、まだ良かったのよ。

 この世界に慣れないといけないと思って気が張っていたし。

 でも、段々暇に耐えられなくなってね。

 確かに衣食住の保障はあれど、それ以外は放置プレイだったからね。

 流石に暇に耐えられなくなって、散歩にでも行くかと、王宮の庭園をうろうろしていたところ、見つけたのが薬草園だった。

 日本では仕事のストレス解消にハーブやアロマセラピーに嵌っていたのもあり、薬草園はとても興味深かった。

 植えてある薬草は日本で植えていたものと見た目が同じものもあり、植生は地球と変わらないのかしらと考えていると、声をかけられた。

 後ろを振り向くと、深緑の髪と瞳が印象的な、人懐っこそうな顔をした青年(イケメン)が立っていた。

 声をかけて来たのは薬草園の隣にある薬用植物研究所の研究員だった。



「研究所に何か御用でしょうか?」

「いえ、ただの散歩です。面白いなと思って、見ていただけです」



 薬草園を面白いと言った私に興味を持ったのか、研究員はそのまま、その辺りにある薬草について説明をしてくれた。

 ラベンダー、ローズマリー、アンゼリカ等、日本と変わらない名前で呼ばれる薬草は、その効能もほとんど変わらないものだった。

 説明の間に「この薬草からHPポーションができるんですよ」なんて、ゲームかよと突っ込みたくなる単語もちらほらあったが。

 そうして薬草の説明を受けていると、あれよあれよと言う間に時間が過ぎ、夕方に差し掛かったため宮殿に戻ることにした。

 「また来てくださいね」という彼の優しい言葉に甘え、毎日入り浸るようになり、遂には研究所に住むことになった。

 何と言うことはない。

 宮殿から薬草園まで通うのが面倒になったため、研究所に住みたいと申し出ただけ。

 王宮と言うだけあって、その庭園は果てしなく広い。

 宮殿から薬草園までは徒歩で三十分はかかる。

 毎日一時間かけて薬草園に通っていたが、研究所の研究員たちから聞く話はとても面白く、通うための一時間があれば更にもっと話が聞けるのにと思ったのよ。

 この世界に来て十四日目に部屋付きのメイドに、最初に会った高官に取次ぎを頼み、彼に部屋を移動したい旨を相談したところ、あっさりとその話が通った。

 後に聞いたところ、研究所の所長から内々に話が行っていたみたい。

 こうして私は、研究所に一室と、薬用植物研究員と言う職を得たのだった。

 働かざるもの食うべからず。

 研究所に部屋をもらう条件として、研究所で働くことになった。

 趣味を仕事にするのは(いささ)か気が引けたが、日がな一日中、宮殿でぼーっとしているよりはマシに思えたので、その条件で受けることにした。



「やっぱり、おかしな性能してるよね」



 私が作ったHPポーションを片手に呟くのは、薬草園で初めて声をかけてくれた研究員ジュードだ。

 研究所の同僚達に教えてもらいながら私が作ったポーションは、巷に出回っているポーションと比べて性能がいいらしい。

 大体五割り増しだそう。



「教えてもらった通りに作ってるだけなんだけどね」



 お鍋に決められた薬草と水を入れ、魔力を注ぎながら煮込むとポーションができる。

 ポーションには下級、中級、上級等、ある程度のランク分けがされているようだが、このランクは入れる薬草によって決まる。

 しかし、ただ決められた薬草を入れれば高ランクのポーションが作れるという訳ではない。

 ランクが高いポーションを作るには繊細な魔力操作が必要なようで、作成者の生産スキルのレベルに応じて作成可能なランクが決まる。

 材料となる薬草も高価な物だが、作れる人間の数も少ないということで、高ランクのポーションは、おいそれと使うことができないような価格で売られているらしい。

 いや、そもそも、高ランクのポーションは王侯貴族しか買える者がなく、一般的な薬屋の店先に並ぶことはないらしいのだけど。



「色も間違いなく下級HPポーションの物だけど、何でだろうね?」

「さぁ、腕がいいからとか?」

「んー、あまり関係ないと思うけど。製薬スキル、今いくつだっけ?」

「ちょっと待って。『ステータス』」



 『ステータス』と唱えると、目の前に術者のみが見ることができる半透明のウィンドウが現れ、そこに私のステータスが表示される。

 これは研究員として働き始めた日に同僚に教えてもらった生活魔法の一つ。

 ポーションに引き続き、魔法だなんて、益々ゲームみたいだと思うけど、紛う事なき現実だったりする。

 魔法が使えたり、魔力を必要とするポーションが作れたりすることから分かるように、私にも魔力がある。

 召喚に伴い、私の体は地球人でいることを止めたらしい。

 地球では感じられなかった魔力を、自分の体の中に感じられるようになったのだから。



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 小鳥遊(たかなし) (せい)   Lv.55/聖女


 HP:4,867/4,867

 MP:6,057/6,067


 戦闘スキル:

  聖属性魔法:Lv.∞


 生産スキル:

  製薬   :Lv.8

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「今、8レベルだね」



 ステータスを確認し、製薬スキルのレベルを告げると、ジュードは「うーん」と唸りながら首を傾げる。



「8だと、まだ中級は作れないんだよなぁ」

「まぁ、何でもいいんじゃない?効果が低いって訳じゃないし」

「いやいやいや、誤差で済ませられないレベルだから!こういう事の解明をするのも俺達の仕事だからね!」



 効果が良いんだからいいじゃないと思っているのだが、ジュード曰く、こういう謎現象を研究し、原因を解明するのも研究員の仕事だと怒られた。

 仕方がないわねと、引き続きジュードの考察に付き合う。

 材料の量を変えたり、注ぐ魔力の量を変えたり、何本ものポーションを試作する。

 私の一日はこうしてポーション作りで過ぎていった。


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