舞台裏02 フラグ
ブクマ&評価&感想ありがとうございます!
いつもありがとうございます!
今回は説明回です。
小話02と被ってる部分があります。
また一身上の都合により、矛盾している部分もあります。
矛盾部分については、後ほど小話の方を修正したいと思います。
【聖女召喚の儀】から一ヶ月。
とうの昔に日も落ち、部屋の外は闇に包まれている時刻。王都にあるヴァルデック伯爵家の別邸で、二人の男がワインを飲みながら寛いでいた。一人はこの館の主であるヴァルデック伯爵の次男で、ここに住んでいるヨハン・ヴァルデック、薬用植物研究所の所長。もう一人はヨハンの幼い頃からの親友で、ホーク辺境伯の三男であるアルベルト・ホーク、王宮の第三騎士団の団長だ。二人はよくヴァルデック邸で酒を酌み交わす仲であったが、最近はアルベルトが魔物の討伐に忙しく中々時間が取れないでいた。こうしてヴァルデック邸で会うのも一ヵ月半ぶりである。
「そう言えば、最近研究所に新しく人が入ったそうだな」
「ん?ああ……」
一ヵ月半ぶりということもあり、お互いに近況報告をしていた中で、最近研究所に新しく入った研究員についてアルベルトが問うた。何とはなしに思い出したようにアルベルトが口にしたその問いに、ヨハンは苦笑を零す。何でもない風に装ってはいるが、アルベルトが忙しい中、時間を作ってヴァルデック邸を訪れたのは、この話が目的だったのかとヨハンは推測した。
「どんな感じだ?」
「いたって普通だな」
「普通?」
「今いる研究員と同じだってことだ」
質問からずれない程度に、アルベルトが知りたい内容からはずらして回答する。わかっていながら、こうしてはぐらかすのはいつものことだ。こんな感じでヨハンはいつも生真面目なアルベルトをからかうのだ。アルベルトもそれが分かっているから、ヨハンの回答に苦笑で返しながら、視線で続きを促す。
それを見て満足したヨハンは正しい回答を述べた。
「今のところ、王宮に対して不平不満を言うこともなく、至って真面目に職務に励んでいるな」
「そうか。召喚した早々怒らせたらしいな。あまりの剣幕に、対応した内務の人間が聖女様を怒らせたと真っ青になっていたらしいが」
「そうらしいな。そのせいか、いつもは澄ましている
「そうなのか?」
「ああ」
【聖女召喚の儀】が行われた日。その日もアルベルトは魔物の討伐のために王都を離れていたため、儀式の後の諸々については噂で耳にする程度しか知らなかった。戻って来てから、色々な噂を耳にするうちに、
ヨハンが聖女候補のセイを研究所で預かることになった経緯を説明する。
突然一ヶ月前に、毎日来るようになった黒髪、黒目の女性。最初は研究員の一人であるジュードが相手をしていた。しかし男所帯の研究所で、薬草に興味のある女性ということで、あっという間に殆どの研究員が彼女の相手をするようになっていた。この国では珍しい髪と瞳の色を持つセイを見て、ヨハンは胸騒ぎを覚えた。ちょうど数日前、偶然王宮の廊下で出会った兄と立ち話をした際に、【聖女召喚の儀】が行われたと言う話を聞いていた。召喚された女性は二人おり、茶髪に黒目の女性と、黒髪に黒目の女性だったとのこと。その話を思い出したヨハンは、すぐに兄に連絡を取った。そして、最近研究所に黒髪、黒目の女性がよくやって来るという連絡をした翌日、兄から至急王宮に来るようにと呼び出された。
王宮の指定された部屋には兄の他に、文官でも高位の者がいた。応接セットのソファーに座り、話を聞くと、研究所に来ている女性は、やはり召喚された女性のうちの一人であり、可能であれば薬用植物研究所で面倒を見て欲しいと頼まれた。何故、研究所で彼女を預からなければならないのか?候補とは言え、現在のこの国にとって聖女とは国王と並び立つ程の重要人物である。いや、この国の命運を握っていると言う意味では、国王よりも重要かもしれない。そんな聖女であるかもしれない彼女を王宮の片隅にある一研究所が預かるというのはどういう理由か。ヨハンがそのことを指摘すると、高官は額に浮かべた汗をハンカチで拭いながら、歯切れ悪く答えた。
召喚直後の第一王子の行動に、セイのこの国に対する心象は限りなく悪くなっていた。実際に、第一王子が出て行った後、彼女も出て行こうとした。部屋からではなく、この国から。それを、その場にいた者達が何とか思い留まらせ、別の部屋まで案内し、その後対応した高官の必死の説得により、何とか今は王宮に留まってもらっている状況だった。過去に聖女が同時期に二人いた試しは無く、【聖女召喚の儀】で二人以上の聖女が召喚された試しも無いため、現在のところ、どちらか片方が聖女ではないかというのが、王宮内では主流の見解だ。だが、例がないというだけで、もしかしたら二人とも聖女かもしれず、手放すのは危険だということで、王宮としては両方とも留め置きたかった。そんな中、セイはどうやら王宮の薬草園を気に入った様子で、この所毎日出向くようになっていた。高官としては、ここは是非研究員達と親睦を深め、少しでもこの国への心象を良くしてもらいたいと考えていた。
「要はカイル殿下の尻拭いを俺達にやれって話だ」
「元の予定では、彼女には教師がつけられて、この国のことを学んでもらうはずだったんだがな。ちなみに、カイル殿下の方は王立
「大方、怒らせた手前、彼女のご機嫌取りのために、暫くは好きにさせておこうって魂胆だろう」
「そうだろうな。そう悠長にしていられる状況ではないんだが……。どうせお前のことだ、内務に色々と吹っかけたんだろう?」
「当然」
ヨハンはニヤリと笑って、手に持っていたグラスを掲げる。
高官から話を聞き、貴族として王宮の考えは理解できたし、研究所に来ているセイを見ていても預かることには何の問題もないように思えた。だが、高官のまるっきり自分達に任せようとする姿勢がヨハンは気に入らなかった。そこで、わざと難しい
「しかし、不思議なんだが、あれほど聖女候補の機嫌を取ろうとしていた割りに、内務の奴等は彼女を部屋に放置していたらしいじゃないか」
「放置?」
「研究員の話によると彼女自身がそう愚痴っていたそうだ。召喚されて部屋に案内されたはいいが、その後は放置されていたから暇だったってな」
「どういうことだ?俺が聞いた話とは違うな」
アルベルトの言葉に、ヨハンは片眉を上げた。アルベルトが王宮で聞いたのは、聖女候補が召喚後、体調を崩し、臥せっていたという話だった。実のところ、日本とスランタニア王国との間では時差があり、日本では深夜だったが、召喚された時点でのスランタニア王国では、まだ午前中だった。そのため、セイは仕事から帰宅後に召喚されて疲れていたこともあり、滞在先の部屋に案内された直後、倒れるようにベッドで寝てしまった。それに拍車をかけて、セイの見た目が悪い方向に作用した。日々の激務で培われた病人のように青白い肌に、長年の睡眠不足による目の下のクマが殊更に彼女の体調を悪く見せていた。ベッドの上に倒れ、死んだように眠るセイを見た女官が、慌てて高官に取り次いだところ、二、三時間前まで怒りを漲らせていた彼女の姿との落差に、高官は召喚の影響でセイが体調を崩したのではないかと慌てた。急いで宮廷医師を呼び寄せ、眠っている彼女を診察させたところ、特に病にかかっている兆候はないが、疲労状態にあるという診断が下された。それを聞いた高官の取り計らいにより、セイに休養が与えられたと言うのが事の顛末である。また、この一連の騒動の影響で、聖女候補が二人いるという報告が一日遅れで国王に届くことになった。遅れた理由の中に、ほんの少し、不始末の報告をしなければならない高官の葛藤もあったことは否定できない。
「なるほどな。確かに研究所に来始めた当初は酷い顔色だったな」
「今はどうなんだ?」
「今か?そうだな……、大分マシにはなっているな」
アルベルトの話を聞き、ヨハンはセイが研究所に来始めた頃、アルベルトが言っていた通り、ともすれば体調不良だと判断されてもおかしくない風貌をしていたことを思い出す。あれから暫く経った今は、研究所に篭って日に当たらないせいか肌は白いままだったが、目の下のクマは大分薄まってきており、一目で体調不良だと判断されるほどではなくなっていた。
「そうか。……食事はちゃんと取れてるのか?」
「食事?なんだか、お前父親みたいだな」
「っ……。うるさい。最近、カイル殿下のところの候補があまり食事を取らなくて問題になってるらしい」
「ほう」
「料理長も色々と手は尽くしているらしいんだが、あまりに食が細くて、いつか倒れるんじゃないかと殿下が心配していてな」
「確かに、うちのところのも食は細いな」
「彼女達の国では食事の量が少ないのは普通なのだろうか?」
「さあな。今度聞いてみるか」
日本から召喚された二人にとって、スランタニア王国の味付けはシンプル過ぎた。使われる調味料も少なく、素材の味そのままなことが多い料理は、彼女達の口に合わなかった。それ故、自然と二人とも食が細くなってしまっただけなのだが、もう一人の聖女候補であるアイラを心配した第一王子はあれこれと周りに指示を出していた。最も、それは効果を発揮していなかったが。
「カイル殿下は今回は随分と熱心だな」
「まぁ、色々あるからな……」
アルベルトは口を濁したが、その内容にヨハンも心当たりはあった。
スランタニア王国には三人の王子がいる。この国では代々長男が国王となってきたため、第一王子が王太子として扱われている。しかし、第二王子が非常に優秀であり、最近ではこちらを王太子として押す派閥もちらほら現れていた。第二王子にその気がなく、国王もそれを否定しているため、それほど問題とはなっていなかったが、以前から自分が弟より劣ると自覚していた第一王子はその様な派閥があることを気にしていた。今回の【聖女召喚の儀】において儀式の統括を申し出たのも、周りの貴族達へのアピールが目的だったことが窺い知れる。残念ながら、セイを怒らせた時点で、狙っていたものとは逆効果となってしまい、それが余計に第一王子へのプレッシャーとなっていた。
「未だに聖女に関しては殿下が仕切っているのか?」
「ああ。陛下もこの度の殿下の失態に頭を痛めておられたが、ここで他の者と交代させるのも後の憂いになる可能性があるとのことで、暫くは様子見だそうだ。幸い、お前のところの候補が思い止まってくれたからな。できれば殿下に挽回してもらいたいと思っているんだろう」
「後継者争いは国が乱れるからな」
瘴気の問題に加え、後継者争いが勃発した場合、間違いなく国が乱れると予想したヨハンは溜息を吐いた。確かに第一王子は多少思い込みが激しく、少々直情傾向な部分があるが、情に厚い部分があり、それを好ましく思う者も多かった。更に、第二王子や側近の支えもあり、第一王子が国王となるのに差し当たって問題は無かった。今回の件で、些か貴族達からの評価は落ちはしたものの、聖女候補を失うという致命的な失態は避けられ、まだ挽回できると国王は考えているようだ。
「それにしても二人か……。儀式は本当に成功したのか?今までの歴史を考えれば、聖女は一人じゃないとおかしいだろ」
「儀式が成功しているのは間違いないな」
「その根拠は?」
「この所、魔物の湧きが徐々にだが減ってきている」
【聖女召喚の儀】以降、僅かではあるが近隣に発生する魔物が減ってきており、定期的に討伐に出ている騎士達は、確かにそれを実感していた。既に発生している魔物については消滅することはないが、発生速度が遅くなりつつあるため、以前より魔物の量が減ってきているように感じていた。その感覚から、騎士達の間では儀式は成功し、間違いなく聖女が王宮にいると確信しているのである。もちろん、この事は重鎮達にも報告されている。聖女を見極めることができる宮廷魔道師団の師団長が意識不明のままであるため、二人のうちのどちらか、または両方が聖女であるかは分からないが、王宮の悲壮感は払拭されていた。
「そうか。お前のところも少しは落ち着くといいな」
「そうだな。流石に皆、疲労が溜まってきているしな」
「次の討伐は西の森だったか?」
「いや、その前に東の討伐があるな。西が終われば少し長い休みに入れる。東と南に比べれば厄介な場所だが、それほど強い魔物が出る場所でもないしな。無難に終わらせてくるさ」
「まぁ、お前に限ってまさかはないと思うが、気をつけろよ」
「わかった」
この時、何かのフラグが立ったが、二人がそれを知る由もなかった。
水曜更新できなくて申し訳ないです。
今回の話を書くに当たって、脳内で決めていた背景やら新しい背景やらを搾り出すのに時間がかかってしまいました。
お陰で素敵に長くなりました。
読むの大変ですよね、すみません……orz
背景を舞台裏として書こうと思うので、今後、以前投稿した小話と被る部分が出てくるかと思います。
小話については番外編扱いか何かで他に移すかもしれません。
幕間改め舞台裏ですが、位置を移動させる予定でしたが、本編がぶつ切りになり分かりにくくなりそうなので、一旦はこのままにしておくことにします。
タイトル案、色々と考えてくださり、ありがとうございました。
考えた結果、暫くはこのままでいきたいと思います。