舞台裏13 種
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モルゲンハーフェンの宿の部屋で、セイランはワインを飲みつつ、机の上に置かれた空き瓶を眺めていた。
考えるのは、ここ数日に起こったことについてだ。
数年前より、ザイデラはスランタニア王国へと工芸品や食料品を輸出するようになった。
輸出品を運ぶのは毎回決まった船で、セイランはその船を預かる船長である。
ザイデラとスランタニア王国を結ぶ航路は比較的安全なものだ。
何度も通った航路であり、今回もいつも通り、問題なくスランタニア王国にまで辿り着いた。
それが油断を招いたのかもしれない。
陸に荷揚げする際に問題が起こった。
何かの拍子に積荷が崩れ、作業に当たっていた者達が積荷の下敷きになったのだ。
セイランは事故の発生を聞き、すぐ様、被害の確認を行った。
幸いなことに死人は出ず、積荷の被害も少なかったが、下敷きになった者達の怪我が予想よりも酷かった。
替えの利く人員とはいえ、長年一緒に船に乗ってきた者達だ。
治療せずに見捨てるという選択肢は、セイランにはなかった。
セイラン達は所持していたポーションで怪我人の治療に当たったが、一人だけ手持ちのポーションでは治療できない者がいた。
一番怪我が酷かったその者は、両足を重い荷物に挟まれて、足を切断する危機にあったのだ。
セイラン達が持っていたのは下級HPポーションで、とてもではないが重い怪我は治せない。
年老いた者であれば、そこまでと諦めただろう。
しかし、怪我人はまだ十代の少年だった。
両足を失った状態で生きるのには若過ぎる。
不憫に思ったセイラン達は、ポーションを求めてモルゲンハーフェン中を走り回った。
そして、街で一番の薬師から最も効果の高いポーションを購入した。
それでも少年の両足は治りきらなかった。
ポーションよりも回復魔法の方が、より重い怪我を治せる。
ただ、どちらにしても怪我をしてから時間が経ち過ぎると、治せなくなる。
そのことを知っていたセイランは急いで町へと舞い戻り、港にいた者達に魔道師がいないかと聞いて回った。
気が急いていたこともあり、母国語混じりで話すセイランの言葉は、周りの者達に中々通じない。
焦燥感を募らせながらも、何とか魔道師を見つけたいと願うセイランに、一人の女性が声を掛けた。
セイだった。
流暢な母国語で話すセイの登場に、セイランは一瞬光明が見えたような気がした。
けれども、すぐに暗転する。
モルゲンハーフェンには魔道師がいなかったのだ。
もはやここまでかと肩を落としたセイランに、セイは一瓶のポーションを渡した。
見た感じ、普通の町娘に見える女性が差し出した物で、ポーション自体もよくある物に見えた。
見慣れた下級HPポーションに比べれば、少し色が濃いだろうか。
中級HPポーションなのかもしれないと、セイランは考えた。
『……ありがとう』
中級HPポーションであれば既に使用済みで、完治には至らなかった。
あと二、三本あれば少年の足は動くようになりそうだったが、一本では難しいだろう。
だが、このポーションはセイの気持ちでもあると思い、セイランはありがたく受け取った。
セイと別れた後、せっかく貰ったのだからとセイランは少年にポーションを飲ませた。
その結果は驚くべきものだった。
荷物に押し潰され、粉砕された骨は元通りになり、完全に回復したのだ。
周りの者達が少年の回復に歓喜の声を上げる中、セイランはポーションの空き瓶を手に取り、呆然と眺めた。
モルゲンハーフェンの薬師から購入したポーションよりも、効果が高い。
それがどういう答えを導き出すのかセイランは考えて、背中に震えが走った。
セイに渡されたポーションは中級よりも上、少なくとも上級HPポーションである可能性が高い。
上級といえば、ザイデラでも王侯貴族、それもかなり上の階級の者達でないと手に入らないような代物だ。
そんな物をポンとくれたセイは一体何者なのか。
疑問がセイランの頭を過ぎったが、それよりも大事なことがある。
それほどの物をタダで貰い、そのままにするのはザイデラの名折れになる。
どうにか礼をしなくてはならない。
セイランは船員達にセイとの経緯を話し、セイを探した。
幸いなことにセイはすぐ見つかり、何とかポーションの礼をすることができた。
そして冒頭に戻る。
セイランが眺めていたのは、セイがくれたポーションの空き瓶だった。
一緒にいたオスカーの話では、セイの親である商会の旦那様とやらがセイに持たせた物だという。
だとすれば、セイの実家というのはどれほど大きな商会なのだろうか?
輸出品を載せる船の船長をしている関係上、セイランはスランタニア王国の大きな商会についての知識があった。
その中に、セイのような娘がいる商会はあっただろうかと考える。
会長や上の方の従業員は知っている。
跡取りと目されている子女も辛うじて。
しかし、それ以外の子女となると、とんと知識がない。
主だった商会の会長の顔を思い浮かべても、セイと似た面差しの者はいなかった。
だとすれば、他の商会か。
オスカーによって巧みに隠されてしまったが、セイランはセイの実家である商会を知りたいと考えていた。
ポーションを貰ったことについて、セイの親である会長にも礼を伝えたいのが理由の一つ。
それに加えて、可能であればポーションの出所を何とか探りたいというのも理由の一つだった。
常であれば礼儀を重んじるセイランが、それを脇に避けてもそう思ってしまうのは、セイラン達の雇い主が関係している。
セイラン達の雇い主は優秀な薬師を探していた。
何故探しているのか、セイランは詳しく聞かされていない。
けれども、探しているということは知っていたので、今回の件を雇い主に報告した方がいいだろうとセイランは考えた。
上級のポーションを作ることができる者は、ザイデラでも優秀な薬師だと認められている。
今回の話をすれば、雇い主がポーションの作製者に興味を持つのは間違いない。
それならば、報告する前に、少しでも多くの情報を手に入れておいた方がいいだろう。
夜が深くなる中、セイランは一人部屋の中で、ザイデラに出発するまでにしなければいけないことを考えた。
ただ、セイランはここで一つ思い違いをしていた。
ポーションを渡したセイが裕福な商家の娘とはいえ、平民の格好をしていたことから起こった勘違いである。
ザイデラでは上級のポーションを作れる薬師は皇宮にしかいない。
それもあって、上級のポーションは皇帝と上位の貴族にしか手に入らない。
しかし、スランタニア王国では平民でも手を尽くせば手に入れることができた。
その事実から、上級のポーションを作れる者が市井にいると、セイランは勘違いをしていたのだ。
実際には、スランタニア王国でも上級のポーションを手に入れることができるのは王族と上位の貴族くらいだ。
しかも、あのポーションの作製者は【聖女】である。
王宮関係者でもない者が手にすることは、まずない。
故に、セイランの情報収集は困難を極めた。
最終的に、薬師の情報も、またセイの実家である商会の情報も手に入れることはできなかったのだ。
そして、失意のままセイラン達はスランタニア王国を後にしたのであった。