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10 恋愛:Lv.1

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これも偏に皆様のお陰です。

ありがとうございます!


「昨日はどうだった?」



 所長室に入って、開口一番に所長が言ったのは、そんな言葉だった。

 甘い端正な顔にニヤリと揶揄うような笑みを浮かべて。



「楽しかったですよ」



 そっけなく返すと、「それは良かった」と返ってくる。

 向けられた視線は、何かを聞きたそうにしていたが、それを無視して、所長の机に研究員達から集めた書類を置く。



「研究員達からの報告書です」

「ありがとう」



 さっさと所長に背を向けると、案の定、声をかけられた。



「どこに行ったんだ?」

「何がですか?」

「だから、昨日さ」



 何が「だから」なのか。

 所長に向き直り、見ると、やはり顔に揶揄うような笑みを貼り付けている。

 詮索されて困るような内容ではないけど、面白がられているのはちょっとむかつく。

 だから、こちらもニヤリと笑みを貼り付け対抗する。



「所長は私の父親ですか?」

「何だそれは?」

「だって、休日の外出先を一々聞くなんて、まるで年頃の娘を心配する父親みたいだなって思って」

「おいおい、俺に娘はいないぞ」



 所長も私が揶揄っているのが通じたのだろう、先程までとは違い、今は苦笑している。



「街に行きました。それだけですよ」

「ほう」

「そうそう、聞きましたよ。所長は昔はやんちゃだったそうですね?」

「ちょっと待て。何を聞いたんだ?」

「さぁ?」



 聞いたのは屋台の買い食いの話だけだが、わざと拡大解釈できるような言い方で聞く。

 引き攣った笑みで詳細を聞いてくるってことは、他にも色々と疚しいことがあったようだ。

 さっき面白がられてむかついた胸がすっとした。



「市場に行って、屋台でご飯を食べて、後は色々と通り沿いのお店を回ったりして、暗くなる前に帰ってきました」

「そうか。それはまた随分と健全だな」



 健全?

 普通に街に行っただけだから、健全も何もないと思うんだけど。

 そう思った私に、所長は爆弾を落としてくれた。



「何にせよ、デートが楽しかったんなら良かったな」



 ………………。

 デート?

 落とされた爆弾にぽかんとしていたら、その様子を見た所長が訝しげな顔をした。



「どうした?」

「……デートですか?」

「ん?」

「街に行っただけですけど」

「アルと二人で街に行って、ご飯食べて、店を回ったんだろ?」

「えぇ」

「デートじゃないか」



 そう言われて、更にぽかんとしたまま所長を見ていたら、追い討ちをかけられた。



「男と女が二人で出かけるのをデートって言うんだろうが」



 ちょっと待って欲しい。

 デート?

 いやいや、デートの定義ってそれで合ってたんだっけ?

 思い返しても、父親以外の男性と二人で休日に出かけた記憶はない。

 あったとしても、文化祭の買出しか何かでクラスメート数人で出かけたことがあるくらいか。

 え?何?

 もしかして昨日のって私の初デートなの?

 そこまで思い至ると、途端に顔が熱くなる。



「いや、でも、街に行くのにホーク様に付き合ってもらっただけですよ?」

「付き合ってもらったって……。アルから誘われて二人で出かけたんだろ?」

「そうですけどっ。でも、ホーク様もお暇だったから誘ってくれただけでしょうしっ」

「暇だろうが何だろうが、好きでもない女を誘ったりはしないだろ」

「えぇっ!?」

「そんなに驚くようなことか?」

「だって、好きって……、好きって……」



 答える言葉は段々と尻すぼみになり、視線は下がる。

 だってそうだろう。

 団長さんが私のような喪女を好きだ何てありえない。

 確かに嫌われてはいないとは思うけど……。

 自分の足元を見つめながら、ぐるぐると考えていると、「セイ」と所長の静かな声が聞こえた。



「アルに冷たくされたのか?」

「いえ……、馬車を降りるときとかちゃんとエスコートしてもらえましたし……。でもそれって、この国の貴族の間では当たり前じゃないんですか?」

「まぁ、そうだが」

「ですよね。歩くときは手を引いてもらえましたし、ご飯もご馳走してくれましたし」

「んんっ?」

「帰りはお土産まで買ってもらってしまいましたし」

「土産?」

「はい」



 スカートのポケットに入れていた箱を取り出し、所長に渡す。

 中身は昨日貰った髪留めだ。

 昨日、団長さんから渡された髪留めは、朝になって改めて見ると、お店に置いてあったのとは填めてある石が異なっていた。

 青よりも薄い、ブルーグレーの石が団長さんの瞳の色と同じ色に見えて、何となく返してしまうのが躊躇われた。

 お店に並んでいた物は頑張れば買えないことはない値段だったが、それなりのお値段で、こんな高い物を貰ってしまってもいいものかとも思う。

 結局、返そうか、このまま受け取ろうか悩み、何と無しにスカートのポケットに箱ごと入れていたのだ。

 所長はそれを手にして、箱を開けてまじまじと見ると、驚いた顔をしたが、すぐにその表情を消して、蓋をすると、箱を返してくれた。



「セイ、馬車を降りたり、歩くときに女性をエスコートすることは貴族の間ではよくある」

「はい」

「だが、少なくとも、アルがただの土産としてアクセサリーを渡すことはない」



 さっきまでの揶揄するような笑みを消し、真面目な顔で所長は言う。

 その様子に、団長さんが軽い気持ちで髪留めをくれた訳ではないのだと知る。

 手元の箱を見つめ、その事実に顔の熱がまた薄っすらと上がる。



「こんな高い物、貰ってしまっても良いんでしょうか?」

「お前が嫌じゃないなら貰ってやってくれ」



 ぽつりと零すと、所長は静かに微笑みながら、そう返した。

 私は何も言わず、ただ首を縦に動かし、頷いた。







「ごきげんよう、セイ」



 翌日、研究所で借りていた本を返しに図書室に行くと、扉の前でリズと会った。

 彼女も丁度今来たところだったようだ。

 廊下で彼女とかち合うのは珍しい。

 お互い示し合わせている訳でもなく、私は仕事の都合で来ているので、ここにくる時間帯もばらばらだ。

 だから、図書室に来ても、リズに会えないこともある。



「あら?今日は髪型を変えているのね」

「うん。暑いから、上げることにしたの」

「そう。素敵な髪留めね」

「あ、ありがとう」



 キィッと音を鳴らしながら扉を開き、リズを先に通す。

 リズはさっそくお目当ての本を探しに行った。

 私はというと、持ってきた本を司書の方に渡し、次に借りていく本を探す。

 流石と言うべきか、会うなりさっそく、リズに髪型を変えたことを指摘された。

 髪留めまでばっちり確認する辺り、リズのおしゃれ力は高いと思われる。

 髪留めは団長さんから貰った物で、何となく気恥ずかしく、思わず(ども)ってしまった。



「ねぇ、セイ。その髪留めとても素敵ね。良ければ近くで見せてもらってもよろしいかしら?」

「かまわないけど……」



 薬草関係の本が置かれている書棚の前で、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、リズがニッコリと麗しい微笑を浮かべている。

 見せるのはかまわないが、留めてあるのを外すと後が面倒なので、着けたままでも構わないかと問うと、構わないと言う答えが返ってきた。

 立ったままでは見せるのもなんだったので、机のある場所まで移動し、椅子に座ると、リズが後ろに回った。

 触れはしないが、かなり近付いて見ているようだ。



「いい細工ね」

「ありがとう」

「填めてある石もいい物を使っているわ」

「そうなの?」

「えぇ……。ねぇ、これ誰にプレゼントされたの?」

「え?何で?」

「そうね。普段使いするには高そうだもの。だから、誰かから贈られたのかしらと思って。違ったかしら?」

「いや、当たってます」

「贈ったのはホーク様辺りとか?」

「な、何で分かるのっ!?」

「何でって……、これほど分かりやすい物もないと思いますけど」



 団長さんから貰ったことを当てられ、驚いて後ろを振り向くと、リズが呆れた顔をしていた。

 え、何それ。

 分かりやすいって何で?

 それを問うと、リズはふぅっと溜息を吐いて、私の目の前に細くたおやかな人差し指を立てた。



「一つ、最近あの(・・)ホーク様が同じ女性とよく一緒にいると噂になっていますわ」

「うわっ」

「この女性と言うのは、もちろん貴女のことだと私は思っているわ」



 まじですか。

 そんな噂、私は聞いたことないわよ?

 それに、「あの」って何ですか、「あの」って。

 リズは次にそっと中指を立てる。



「二つ、その髪留めの石がホーク様の瞳の色とそっくりですわ」

「よく見てるね……」

「それはもちろん、その石が髪留めにいいアクセントを与えていますもの」

「いや、そっちじゃなくて、ホーク様の瞳の色の方」

「ホーク様の瞳の色は辺境伯家独特のもので有名だからですわ」

「そうなんだ」

「思いついた理由としては、この二つくらいですわね」

「それでも、石の色がホーク様の瞳の色と似ているからって、すぐに結び付けられるもの?」

「えぇ、そうですわね。ホーク様がセイに好意を持っているのは有名な話ですし」

「有名なのっ!?」

「それに、この国では好きな女性に自分が持つ色の物を贈るのは一般的ですのよ」

「自分が持つ色って?」

「髪の色や瞳の色のことですわ。瞳の色の物を贈ることが多いようですけど」

「そうなんだ」



 知りませんでした。

 ということは、団長さんは私のことを……。

 いやいや、待て待て。

 これ以上考えるのは無理!

 どうしよう、これ、本当に貰ってしまっても良かったんだろうか?

 所長、絶対このこと知ってたよね?

 何で教えてくれなかったんですかっ!?。

 座ったまま頭を抱えていると、クスクスとリズの笑い声が聞こえた。



「セイってば、そんなに真っ赤になるなんて」

「こっ……、こういうこと慣れてないのよっ!」

「あら、そうでしたの?」



 あぁ、十歳近く下のリズと恋愛談義をすることになるなんて。

 顔を上げると、もの凄く居た堪れない気持ちを抱えた私を、リズは温かい目で見ていた。

 あぁ、ほんと居た堪れないっ!


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