王都急行
リンゴーン。駅の鐘が鳴る。
鉤十字国の誇る最新鋭の蒸気機関車、アインナハトは全六両編成。先頭車両に制御室、乗務員更衣室があり、最後尾の車両に機関室がある。間の四両が客車だ。鐘はこの列車の到着を知らせるものであり、王都市街は慌ただしく荷物をまとめる人々でごった返す。
アリスはそんな様子をアインナハトの一号車、つまり乗務員専用の車両からぼんやりと眺めていた。
国営鉤十字鉄道は、アリスの幼少の時からの憧れだった。幼少期、アリスは同じ年頃の少女たちのように可愛い洋服や、人形をねだりはしなかった。ただ、父親の鉄道模型をしきりに欲しがり、時々眺めるだけで、人と関わらず、ずっと本を読んできた。
女学生となったアリスは、本格的に国鉄の鉄道員を目指して、勉強した。幼い頃から、本を読むことに慣れている彼女にとって、それは決して苦では無かった。
国鉄鉄道員はすべて、鉤十字国選公務員で構成されている。そのため、鉄道員になるためには、鉄道員試験と並行して国選公務員試験も行う。この試験は実に一ヶ月間、筆記、実技、面接と続く。並大抵の覚悟ではくぐることの許されない、狭き門だ。
狭き門をくぐり抜けて、晴れて鉄道員となったアリスは、今、最先端科学の結晶、アインナハトの車窓から何を見ているのだろうか。
「それではアリスくん、これから君の業務内容について確認していく。」
長年アインナハトで車掌を務めてきた壮年の男性が、アリスに告げる。
「先ず、着替えは、右手の女子更衣室で行ってもらう。君の業務は、国家公務員としての調査活動が主だ。乗務としては、切符モギリをしてもらうが……機械の使い方は、分かるね?」
アリスは頷く。
「そうか、ならいい。それと、乗車中はモギリの制服、降車時には、国選公務員の制服を着用すること。」
アリスは軽く頷く。
「よし、じゃあ最後にひとつ。降車後、その駅にアインナハトが戻るのは五日後(、、、)だ。到着時に駅の鐘が鳴り、一時間後に二度目の鐘とともに出発する。」
アリスは、深く頷く。
「では、初日から早速仕事をしてもらうから。」
男性は説明を終えた後、制御室のドアに吸い込まれていった。
彼は、長年、良く車掌を務めたことが認められ、今年度から操縦士になったと、アリスは聞いていた。アリスは、自分も、いつかは彼のように、アインナハトを運転してみたいと思いながら、女子更衣室へ入った。
モギリの制服は、男性用に作ってあるのか、アリスが申告したサイズより大きいようだった。胸囲は……注文通り、慎ましやかであった。
鉤十字鉄道では、切符を車内で確認する。変わった方式ではあるが、小さな駅に人手を割かないための工夫だ。そのため、田舎の駅では無人が当たり前である。アリスはそんな簡単なことなど、事前常識として、初等教育の時から知っている。しかし、なぜ王都五市を周回するアインナハトにモギリが必要なのか。そんなことも知っている。王都は、鉤十字国の中心であり、就職や通学で訪れる地方国民も多い。そういった場合の客の混乱を避けるため、鉤十字鉄道全体で、統一が行われているのだ。
リンゴーン、リンゴーン。出発の合図だ。
アリスはベルトに下げられたホルスター(この場合、小、重火器を収納するものではなく、鞘全体を指す)からホッチキスのような機械を取り出し、客車に出た。
「もし、もし。切符を拝見。」