第八話(マルサス視点)
い、意味が分からない。
僕が必死に練習して、努力して、絶対に失敗がないように気を配って、リハーサルにリハーサルを重ねたフラッシュモブが……。
これで感動しない女はいないと確信できるほどの、一流の脚本家に大金を払って今日の日のためにオリジナルの短編ミュージカルを作って、成功率100パーセントだと自信を持って言えるほどのプロポーズをしたのに……。
「ルティア・アルディス。僕と結婚して欲しい」
「……えっ? 嫌ですけど」
「ぽえっ!?」
僕の渾身のプロポーズはたったの三秒で失敗に終わってしまったのだ。
あり得なくない? ルティアという女には感情がないのか?
普通は涙して喜ぶシーンだろ。
ハンカチを用意していたというのに、まさか自分の涙を拭くために使うとは。
「離せ! 離すんだ! いつまで取り押さえている! この無礼者が!」
「無礼者はマルサス様です。ルティアお嬢様になんてことを……!」
「まさかプロポーズをするなんて。恥を晒す以外に何の目的があるというのですか!」
ルティアの妹であるシェリアちゃんに命じられて、二人の大男に取り押さえられた僕。
ていうか、僕の周りの人間はなんでこっちを見ているだけなんだ? 助けろよ……。
大男に雇い主が襲われているんだぞ。どうにかしてくれよ……!
「あのー、ルティア様たち帰られたんで、ウチのバカ……じゃなかった若様をそろそろ解放してくれませんかね」
「むっ……」
そんな押し問答の中で、メイドのアネットがようやく大男に声をかける。
遅いよ! ルティア、帰っちゃったじゃん!
あそこから粘って、粘って、土下座してでもルティアからプロポーズのオッケーをもらって父上のもとに凱旋しようと思っていたのに――。
「若様、帰りますよー。ルティア様、あれは脈無しですって。……知ってましたけど。止めたほうが良いって何度も言いましたけど」
「うるさいな。一回、婚約した男のこと、こんなにすぐに忘れるとは思わないだろ、普通は」
「むしろ若様の場合、別れ方が最低なんであたしならすぐに忘れたいですけどねぇ。婚約指輪をむしり取るシーンなんて、鬼畜すぎて見てられませんでした」
アネットの奴。いつも好き勝手言いやがって。
こんなガサツなメイド如きの意見、女であっても参考にはならない。
婚約指輪は超高級品なんだから、無駄に出来るわけないだろう。あれは、お前の年収でも手が出ないんだぞ。
父上が仲良くしている下流貴族の娘で、要領だけで生きてる癖に、僕に意見かよ。おこがましい。
「それより若様ー。この状況、どうにかしてくださいよ」
「この状況ってなんだよ?」
「いや、若様が劇団を一つと、隣国のサーカス団まで雇ったじゃないですか。そして、プロポーズが成功したら、そのまま“婚約おめでとう野外パーティー”を開くって言っていたじゃないですか。……みんな、あまりにもバカ、じゃなかった若様が醜態を晒したんで、身のフリ方が分からなくなっているんですよ」
そ、そういえば、そうだったー。
失敗するなんて全然考えていなかったから、リハーサルとか長々と付き合ってくれたみんなにも幸せをお裾分けしてあげたくて、パーティーをその流れで開こうと準備していたんだっけ。
振られたショックで気付いてなかったけど、みんな僕のことを見てる――?
◆
とりあえず、ケータリングで百人前ぐらいの料理を用意させていたので、残念パーティーを開くことにした。
街の人の評判は上々で「面白かった」、「続きが気になる」みたいな意見が飛び交い、第二回公演が切望されることになる。
僕も主演として、もっと演技や芸に磨きをかけて、一流の芸人にならなくては――。
「って、違うだろ!? なんで、僕が次の舞台について考えなければならんのだ!」
「どうせ、勘当されるんですから、今のうちに食い扶持の心配されたらどうですかね。モグモグ……」
「お前! ここぞとばかりに、原価が高いメニューばかり……!」
「原価覚えている、若様にドン引きです……」
呑気に海老やらカニやらを食べているアネットに苛立つ僕。
か、勘当だとぉ……!? この僕が、プロポーズを二度失敗したくらいで勘当なんて、許されるか……!
なんで、あんなに美人のルティアと別れてしまったんだ!?
今日、久しぶりに会って確信した。彼女こそ、僕の運命の人だ!
「まぁまぁ、やらかしたことは最低ですし、男としても最低ですけど、これより下はないんですから。みっともなく謝りましょう。旦那様もあれで甘い方ですから、ボコボコにされて、廃嫡くらいで済む可能性もありますし」
このまま、父上に謝るか。
そうだな。確かに遅かれ早かれ侯爵家からルティアに二度目の求婚をしたことは伝わるだろう。
そうなったら、エリナに振られたこともバレてしまう。
父上は僕がルティアと別れてエリナと結婚をするために侯爵家に多額の慰謝料を払っているし、それが全部無駄になったと知られれば大変だ。
バレること、もうそれは致し方ないことだと思う。
僕が運悪く選択を間違えてしまった結果だ。この運命は甘んじて受け入れよう。
「そうだな。父上には謝るのが筋だよな。――だが、僕は運命の人であるルティアだけは諦めない……!」
「最低を競う世界大会にでもエントリーしたんですか? もしくはバカの世界チャンピオン目指してるとか」
「そうだ! よく考えたらフラッシュモブは静かなムードが好きな女性には刺激が強過ぎたな!」
「よく考えていたら一回婚約して別れた女にプロポーズしないと思うんですけど」
「よし! ルティアに愛の詩を綴った手紙を書こう! 出だしは、ええーっと、ルティア、月の女神を連想させる君よ――」
「若様……、今、食事中なんですから、食べたもの吐き出させようとしないで下さいよ」
さっきからブツブツ、ブツブツ、アネットがうるさいが無視だ、無視!
僕はこの先、何を犠牲にしてもルティアと結婚をする。
燃えるなぁ……! 滾るなぁ……!
ある登山家が言った。「山は高く険しいからこそ、登り甲斐がある」と。
今の僕にはその気持ちがはっきりと分かる。
きっと、僕とルティアの前には幾つもの愛の障害が出てくることだろう。
しかし、僕は決して負けない。
えっ? 何故かだって?
ふふ、愛の力は何よりも偉大なのさ。心配ないよ。最後には愛は勝つのだから――。