第二話
そうですね。ちゃんと事細かに話しましょう。
私は家族に伯爵家での顛末を話しました。
マルサス様が幼馴染のエリナさんとの結婚が諦められないと言って、婚約破棄したいと言い出したことを伝えたのです。
「両思いの病弱な幼馴染がいて、それを引き剥がしてしまったということか。なるほど、そんなことはテスラー伯爵は一言も言っていなかったし、マルサスくんもせめて、もっと早めに言って欲しかった」
「わたくしはルティアの婚約指輪を奪い取ったことが信じられません。まして、それを他の女性にプレゼントするなんて」
「500万エルドもした高価な品ではある。だが、あれはルティアのサイズに合わせたオーダーメイドだし他の娘さんにプレゼントしたところで喜ばれんと思うが」
両親はマルサス様の行動が理解出来ないという感じです。
私としては、もはや彼への執着心というものは欠片も残ってはいないのですが、何と言いましょうか、これからの後処理とか今までのことが無駄になった虚無感で精神的に参ってしまいました。
「ねぇ、お姉様。その、エリナさんって。エリナ・クランツのことですか? クランツ子爵家の次女の……」
「え、ええ、そうですが」
「変ですわ。エリナさん、確か隣国……ルーメリア王国の辺境伯様と婚約していたはずですが」
「「えっ……?」」
妹のシェリアの言葉で家族一同、キョトンとしてしまい、お互いに顔を見合わせます。
「いやいやいやいや、それは何かの間違いではないか? マルサスくんは、エリナさんとやらと結婚がしたいから、ルティアと婚約破棄したのだろう?」
妹の発言による沈黙を破ったのはお父様でした。
まぁ、そうですよね。
土下座までして、私と婚約破棄して、結婚しようと思っていた相手は既に婚約していた、だなんて喜劇でもこんな無茶苦茶な話にはしないと思います。
「シェリア、そもそもあなたがエリナさんの婚約を知っていて、マルサス様が知らないはずがないと思うのですが」
「それはそうですけど。わたくし、エリナさんの親友のレナさんと王立学院で同じクラスですから。確かな情報ですわ」
そういえば、シェリアとエリナさんは同い年くらいでしたっけ。
しかし、マルサス様がエリナさんの婚約を知らずに私と婚約破棄をしていたとしたら――。
駄目です。想像したら、頭が痛くなってきました。
「何でも、エリナさんの病気によく効く薬草が取れるのが隣国の辺境の山奥らしく。そして、山の空気も彼女の体調にとても良いとのことでして。クランツ子爵は去年、隣国の辺境に別荘を購入したらしいのです」
「それがエリナさんの婚約と関係があるのですか?」
「大アリですわ。子爵家が別荘に向かう途中で馬車の車輪が壊れてしまって立ち往生しているところを偶然、辺境伯様が助けたらしく。辺境伯様、5年前に婚約者を病気で亡くして以来結婚とは縁遠い感じだったみたいですが、何とエリナさんが亡くなった婚約者さんと瓜二つだったらしいのです……!」
なんですか、そのベタな感じのラブストーリーは。
その後、妹の話は続いたのですが、隣国の辺境伯様がエリナさんに一目惚れして猛アタックしたみたいで、彼女も彼女の両親もまんざらではなくて、トントン拍子に縁談は進んだのだとか。
そして、最近、国際結婚をするための諸々の手続きが終わって晴れて婚約関係になったのだそうです。
「隣国の辺境伯との婚約か。ふーむ、確かに結婚の準備が完全に整うまではおおっぴらにしないかもしれんな。エリナさんとやらは病弱なのだろう? パーティーなどの派手なことは出来んし、なるべく静養したいだろうしなぁ」
「しかし、幼馴染でお互いに想い合っていたならば、内々に伝えませんか?」
「ねぇ、お姉様。その話ですが、本当にエリナさんってマルサス様のことお好きだったのでしょうか? お姉様の話からだとマルサス様の気持ちしか分からなかったのですが――」
「「――えっ?」」
いやいやいやいや、シェリアは何を言っているのでしょう?
だって、マルサス様の口ぶりはお互いに愛し合っていたのに、エリナさんの病弱が原因でテスラー伯爵に無理やり引き剥がされて、私と婚約に至ったみたいな話でしたよ。
確かにエリナさんがどう言っていたとかそういう情報は皆無でしたけど。
エリナさんが、マルサス様について何の想いも寄せてないなんてことあり得るはずがありませんよ。
「逆にあったからこそ、気まずくて言えなかったのではないでしょうか? でないと、説明がつきませんし」
「あはは、そうですわね。全然、好かれてもいない人が自分と結婚したがっていると勘違いして、土下座までするなんてことするはずないですわね」
シェリアは笑いながら自分の言ったことを否定しました。
そうですよ。そんな勘違いして大騒ぎした上に婚約破棄なんて、そんなことするはずがありません。
それよりも、私、これからどうしましょう――。