第十八話(マルサス視点)
ここがルーメリア王国か。
ビジネスのためとはいえ、国境を越えて隣国まで足を伸ばすことになるとは。
さて、依頼主である王女、オリビア殿下とはこの個室で会食しつつ、話を進めることになるが……。
「マルサス様、帰りませんか? やはり普通ではありませんよ。王族同士の政略結婚。別れるということは何かとんでもない事情があったとしか考えられません」
「だからなんだ? 愛のすれ違いで悩んでいる女性がいるんだぞ。助けないなんて愛の紳士の選択としてあり得ないだろ?」
「では報酬の10億が目当てではないと」
「それは貰うけども」
可哀想なオリビア殿下。
きっとリュオン殿下のことが好きでたまらないのに、どうしようもない事情で別れざるを得なかったのだろう。
僕とルティアみたいに……。
そう考えるとどうも他人事とは思えなくてなぁ。
10億エルド貰えて、愛に悩む女性も救える。
僕にとっては良いことずくめの話だ。楽しくなってきた。
「マルサス・テスラー様ですか? そのう、愛の伝道師という」
「はい。王女殿下、僕が愛の伝道師。マルサス・テスラーです。お初にお目にかかります」
「まぁ、思ったよりもずっと素敵な方ですのね」
「ふふ、そうでもありませんよ。よく言われますが」
「顔だけは良いですもんね。若様は……」
ビシッと高級品で身を飾り、オリビア殿下とのファーストコンタクトを華麗に決めた僕。
さて、詳しい話を聞かせてもらおうか。ここからは商談タイムだ。
「ウケケ、マルサス様。よくぞ、姫様のために来てくださった。あなたに頼みたいことは一つだけでございまする。リュオン殿下が近々、友人の結婚式に出席するためにこちらに参ります。そこで、姫様とリュオン殿下を衆人の見守る中で見事にくっつけて欲しいのですじゃ。ウケケケケ」
ほーん。なるほど、ねぇ。
結婚式ということはゲストが沢山いる。その中でオリビア殿下に告白させて断りにくい環境を作ってほしいということか。
「マルサス様、わたくし、怖いですわ。リュオン殿下にもしも拒絶されれば生きていけませんの」
「オリビア殿下、任せてください。経験豊富な僕から言わせてもらえば、告白はムードが大事です」
「直近で2回も失敗した経験から学んだのがそれですか?」
「まぁ、ムードですの? 例えばどのような?」
どのようなムードが大事、か。
そうだな。よく考えたらリュオン殿下は僕と同じ男性。
ならば、僕がされて嬉しいことセットをまとめれば最高のムード作りになるのでは?
さすがは僕だ。今日はすごく冴えている。
「劇をしましょう! 踊りあり、歌あり、サーカスありの、絢爛豪華な世界一のショーを開催するんです! しょぼい結婚式なんて忘れるぐらいの! そうすれば、リュオン殿下はきっとお喜びになり、絶対に成功する告白ムードになります!」
「……ダメです。この方、フラッシュモブから全然学んでいない」
「素敵ですわーーー! ねぇ? ゲイオス」
「ウケケケケ、そうですな。きっと成功間違いなしですじゃ」
「この方たちが変なのか、私の常識が変なのか……」
僕の作戦はすぐに受け入れられた。
さぁ、今回はフラッシュモブどころじゃないくらい金をかけるぞー。
なんせ、オリビア殿下は報酬とは別に経費は全部負担してくれるといった。
どうせ後で立て替えてもらえるなら、僕は持てる財力全てを使って最高のエンターテイメントを作り上げよう。
そうだ。この際だから劇団ごと作っちゃおうか。
良かったーーー! 10億エルドも持っていて。
◆
短期間にここまでの人材をよくかき集めたな僕は。
いやー、金がかかって仕方なかったよ。
予定を無理矢理キャンセルさせたり、引き抜くために契約金を払ったり、今回ばかりはアネットに感謝かな。
あいつがマネージャー代わりに事務処理を大体やってくれたから。
「まさか、あの世界的なダンサーで俳優でもあるケヴィン・エルトニーと握手出来るなんて……。若様に仕えて良かったと初めて思いました」
「はっはっはっはっ! まぁ、僕にかかれば世界中のスター軍団を集めるなんて、楽勝だよ、楽勝! んっ? 初めて?」
とにかく劇団マルサスは始動した。
主演は僕がするとして、一流の演出家と脚本家に愛とは何たるかを主張する最高のショーを創ってもらうとしよう。
「劇団マルサスですの? あの、わたくしとリュオン殿下が結ばれるための演出なのですよね?」
「そのとおりです! まぁ、見てみてください! 今からリハやりますので、何かまずいところがあれば修正しますよ!」
とりあえず、明日、リュオン殿下が結婚式に出席するためにルーメリアを訪れるらしいから、オリビア殿下に劇団マルサスのショーを見せることにした。
スポンサーである彼女の希望はきちんと聞こうと思う。やっぱり、プロとして独りよがりは嫌だからね。
そして、実に一時間半に渡る壮大なショーは幕を閉じた。
フラッシュモブの時と違って、練習期間があった分、演技にも磨きがかかったなー。
「マルサス様~~! 感動しましたわー! わたくし、こんなにもロマンチックで楽しい劇を見るのは初めてです」
「そうでしょう、そうでしょう」
ウケたー!
当たり前のことだけど、オリビア殿下は涙を流しながら僕の舞台を絶賛した。
よし、スポンサーからのダメ出しもなかった、最高の滑り出しだ。
「わたくし、泣いてしまいました。それにマルサス様のことが格好いいと思ってしまいまして。リュオン殿下のこと、忘れかけてしまいましたわ」
「ぽえっ!? だ、駄目ですよ、いくら僕が背が高くて、顔も良くて、歌も演技も上手くて、男としてのスペックが高過ぎても、僕には愛する人がいますから」
「自分で言っててむず痒くならないのですか?」
いやー、参ったな。
僕がカッコ良すぎて惚れちゃったんだって。
そりゃあそうだよな。僕って基本的にモテるし。
「姫様! 駄目ですぞ! こんな男にうつつを抜かすなんて! リュオン殿下に失礼です!」
「そ、そうでしたわね。いけませんわ、わたくし」
こ、こんな男に? まぁいいか。とにかくこのあと、僕がおめでとうと言いたい人がいると、オリビア殿下を紹介して、リュオン殿下に告白……という流れを説明しないと。
「マルサス様! ありがとうございます! 私たちの式をこんなにも盛り上げようとしてくれるなんて!」
「ぽ、ぽえっ!? え、エリナ!? ど、どうしてここへ!?」
本番もショータイムは最高の出来だった。
しかし、オリビア殿下を呼び出すタイミングでウェディングドレスを着たエリナが僕の前に現れる。
えっ? えっ? 結婚式について詳しく聞いてないけど、エリナの結婚式なの?
あー、やばい。オリビア殿下を呼び出すタイミングが――。