第十四話
「あっはっはっは、大丈夫だって、大丈夫。ルーメリア王国だって、そんな変な要求しないさ。それに今度、リュオン殿下の婚約者として結婚式に行くんだろ? ローウェル辺境伯の」
兄のカインが実家に遊びに来たとき、彼は私の不安を聞いて……それを笑い飛ばしました。
そんな軽い感じのお話でしょうか。まるで私が心配性みたいじゃありませんか。
「考えてもみろよ。オリビア殿下は不義理を働いているんだぞ。それを何事も無かったように許せば、我が国の沽券にも関わる。政略結婚の旨みなんて、ほとんど無くなっているんだよ」
「でも、リュオン殿下は国王陛下が乗り気だったと……」
「陛下は、なぁ。事なかれ主義というか、面倒臭がりというか、基本的に楽な方に流されてしまう御方だからな。それは俺たちで舵取りしていかなきゃならない。まー、ワンマンってタイプじゃないし、家臣の意見に我を通す方でもないから、上手くやるさ」
陛下の人となりを説明して、「上手くやる」と言い切った兄は頼もしくもありました。
この人はいつもそうなのです。難しいことも難しいとも言わずに、気付いた時にはそれを成し遂げている、そんな人でした。
「わたくしはマルサス様からの手紙攻撃の方が気になりますわ」
「マルサス? 手紙攻撃? なんだそりゃあ? マルサスって、自分から別れておいて、あれだよな。フラッシュモブでまたルティアにプロポーズしたっていう、バカだろ?」
「はい。そのバカですわ」
いやいや、シェリアも何を当たり前みたいにマルサス様のことをバカと呼んでいるんですか。
確かに少々困ったことになっていまして、テスラー伯爵にも苦情を出しているのですが、肝心のマルサス様の居所が一向に掴めないみたいでお手上げなのです。
勘当にはしていないらしいのですが、それに近いことをしたとのこと。
どういうことなんでしょう? 分かりません。
「実はマルサス様から毎日のように復縁を迫る手紙が来ていまして。もう読んでいないのですが、お父様が証拠として残した方が良いと捨てられもせず……」
「最近は現金も同封されていますわー。ラブレターに現金を同封なんてその発想が面白すぎませんか?」
「ちょっと、待ってください。げ、現金が同封されているのですか? というか、シェリアはマルサス様からの手紙、読んでいるのですか?」
「ファンとしては当然の行いですの」
ですから、いつシェリアはマルサス様のファンになったのですか。
本当にこの子は昔から変なことに興味を持つ子です。
まさか、取っておいている手紙を勝手に読んでいるとは……。
「色々とツッコミどころは満載だけどさ。現金が同封って何かのおまじないか?」
「ええーっと、手紙には大金持ちになった、ルティアお姉様を金の力で幸せにしてやる、とのことです」
「なんだそりゃ、ロマンもへったくれもないな」
「お兄様がお義姉様に宛てたポエムもロマンもへったくれもありませんでしたけどね」
「なんだよー、あれ見たのか。あいつは喜んでくれたから良いんだよ。それで」
大金持ちになったというマルサス様が現金と共に手紙を送っていたという事実を聞いて寒気はしたのですが、二人のやり取りを聞いているとそちらは気にしなくても良い気がしました。
あと数日で婚約も発表されますし、エリナさんとローウェル様の結婚式にも婚約者として出席しますので、大丈夫……、ですよね?
◆
「まさか、ルティアがリュオン殿下の婚約者になるとはのう」
「お父様、またそれですか。昨日からずっとそうではありませんか。婚約が決まったのはかなり前だというのに」
「そりゃあ、王家から正式発表されると気の持ち方も違うではないか。テスラー伯爵も慌てよったわい。息子が殿下の婚約者に手紙を送り続けるとは不敬とみなされてもおかしくないからのう。はっはっはっ」
笑いごとではないんですけどね。
ともかく、私とリュオン殿下が婚約したという事実は公式に発表されました。
そして、今から私は殿下と共にエリナさんとローウェル様の結婚式に出席するためにルーメリア王国へと向かいます。
「国外に出るのは初めてですわ。楽しみです」
「あなた、本当に出席するのですか? 招待状にはゲストの家族も是非……とは書いてありましたが」
「もちろんです。わたくし、エリナさんの親友のレナの友達ですから。友人枠というやつですの。レナも呼ばれていますし」
そういえば、マルサス様はエリナさんの婚約を知らなかったのに、シェリアは知っていたんでしたね。
エリナさんはシェリアと同い年でしたっけ。
「お前たち、くれぐれも、くれぐれも……ルーメリアで粗相をするなよ。リュオン殿下もいらっしゃるのだからな」
「「はい」」
「シェリア、丁度いいから結婚相手も見つけて来なさい。辺境伯殿の式には家柄の良い者も多かろう」
「お父様、粗相をするな、ではありませんの?」
そういうことで、私とシェリアはこの度……隣国のルーメリア王国へと出発しました。
エリナさん、マルサス様と別れることになったのは彼が彼女と結婚するためでしたのに、今、私は婚約者と彼女が結婚する別の方との式に出席することになっています。
「なんだか、この状況はマルサス様としては凄い状況ですわね。仲間外れにされていますもの」
「別に外した訳ではありません。彼が全力で走り去っただけですから」
「あら、お姉様もそういう皮肉が言えたのですね」
「皮肉ではなくて、事実です」
マルサス様は、恐らく悪意とかそういうのはゼロなのです。それが怖いのですが。
物凄いエネルギーを持っていて、それをぶつけるにあたって、照準が明後日の方向になってしまっていることが残念なのかもしれません。
毎日、送られている手紙の数々、シェリアによれば謎解き短編小説になっており、謎が解ければキーワードが一文字ずつ浮かび上がる仕様みたいです。
彼はどんな女性を想定して、そんな手紙を書いているのでしょう。
「あなた、マルサス様のファンとか言って、手紙も毎日読んでいるみたいですが、彼のことが好きなのですか?」
「ええ、好きですわ。わたくしの暇を潰してくれるのですから。……おバカなワンちゃんって可愛いじゃないですか。あんな感じです」
「では結婚相手にしようとかそのような感じでは――」
「ありませんから。心配しないでくださいな。……もしマルサス様が結婚するならば。あの方の全部を受け入れて、全てコントロール出来るくらいの器が大きな女性でも見つけなくては無理そうですわね」
とりあえず、妹が変な方を好いている訳でないと知れてホッとしております。
しかし、婚約指輪をむしり取って、婚約者のいる幼馴染にプロポーズした後に、別れた元婚約者にフラッシュモブで再プロポーズする男性の全てを受け入れられる女性などいるのでしょうか――。