第十一話(オリビア視点)
――愛があればどんな試練でも乗り越えられる。
わたくし、そう信じていましたの。ええ、ええ、幼馴染の騎士団長トムのことは好きですわ。
今だってそうです。優しい彼のことを愛しておりますとも。
だから私は彼と逃げました。リュオン様と婚約している立場にも関わらず、愛する者と暮らすことを願ったのです。
あの日、わたくしは誓いました。彼とどんな苦難も乗り越えようと。
しかし、人間には出来ることと出来ないことがあります。
そう、この小屋は――。
「暑いですわ! 何ですか!? この小屋の中は! 窓が無いってどういう構造ですの!? 普通はもっと風通しが良いものでしょう!?」
「外に出れば涼しいかと存じます。それにドアを開ければ風通しも――」
「ドアを開けっぱなしなんて嫌ですよ! 知らない人が入って来るかもしれませんわ! 外には虫がいるじゃないですか! 気持ち悪い!」
「いや、窓があったとて、開けば知らぬ者が入ってくることもありますゆえ」
「窓から人が入るはずないでしょう。そんな人、見たことがありません……!」
真夏の密閉空間は灼熱地獄です。
次から次へと汗が止まりません。その上、この小屋にはお風呂もないのでどんどん体が汚くなります。
外には虫がいますし、中は暑すぎますし、生きていく気概がどんどん削がれます。
もう嫌です。なんでよりによって、こんな小屋に住むことになったのでしょう。
「トム、引っ越しましょう! わたくし、こんな惨めな生活には耐えられませんわ!」
「姫様、それは無理というものです。我々にはお金がありません。某が何とか稼いできますゆえ、それまでここで我慢を」
「バカ! わたくしを一人で置いていくつもりですか!? 側に居なさい!」
「そ、そんな。それは無理ですよ。お金が無くては我々は餓死してしまいますぞ」
お金、お金、お金、お金、ってトムはそればかりですね。
愛があれば富も立場もどうでもいいと仰ったのに。
まるで、わたくしよりもお金が大事だという口ぶりです。
もう、泣きたくなりました。こんなの耐えられません。無理です……。
「そんなにお金とやらが大切ならば、沢山持ってくれば良かったではありませんか」
「いや、それは。姫様にお任せしたというか。脱走するとき、貴重品をいくつか持っていけば、換金して当面の生活費に出来るとお話したのですが……」
「わ、わたくしのせいだと仰るの? わたくし、貴重品は全部カバンに詰め込みましたわ……!」
「ですが、某らの交換日記や某が昔……買ってきた安物の髪飾り、そんなものばかりで売れるようなものは何一つ――」
「わたくしの貴重品はあなたとの想い出ですわ! それを役立たずみたいに……、酷い、酷すぎます……!」
何でもかんでも、わたくしのせいばかりにして。
トムがこんなに薄情で嫌な人だとは思いませんでした。
これなら、リュオン様のほうがよっぽど優しいです。
もう知りません。お城に戻ります。わたくし、やっぱりリュオン様と結婚して綺麗な王宮で過ごすことにしますわ――。