第十話(マルサス視点)
「くぅおのぅッッ!! 大バカ者がァァァァァァァ!!」
「ぎゃピッッッッッ――!」
父上は鬼になった。
顔は熟れたトマトよりも赤く、目は血走っており、年甲斐もなく上げた声は部屋中が揺れるくらい大きかった。
顔面に鼻がヘコむくらいのグーパンチを父上からお見舞いされる。
父上は幼少の頃から世界中のあらゆる武術を習っており、今でも筋骨隆々だ。
武術を習っていたのは、パントマイムの名人だった祖父の影響だったらしい。
とにかく、そんな父上に殺気を込められた拳でガンガンやられると痛い……!
僕も普段から鍛えているけど、確実に人体の急所を狙って殴りかかる父上には戦慄した。
「ぼ、僕を、こ、殺す気ですか!? 父上!?」
「……当たり前だ。テスラー家の恥晒しめ! ワシのこの拳で成敗してくれる!」
「げふぅぅぅぅぅッッ!」
痛い……!
何回、父上の拳を体に受けたか分からないけど、今日の拳はいつもよりも痛かった。
ルティア、これが試練なんだね。僕は君のために痛い思いをするよ。
そう、愛とは痛みを伴うものだから……!
僕は受け入れる。すべての痛みを愛のために――!
「ふふ、愛のために……」
「な、殴られながら笑っとるだと……!? ちと、頭を殴りすぎたか」
「旦那様、若様は割といつもこんな感じですよ」
父上からの拳の弾幕も僕は試練として乗り越えた。
口の中が血の味しかしないが、愛のためだと思えばこれくらい美味しく飲み込むさ。
身体中の傷もすべて男の勲章ってやつなのだ……。
「5050万エルド使ったそうだな」
「はい! ルティアのことを愛していますから! 完璧なプロポーズの為にはこれくらいしないと!」
演出家も一流の舞台をいくつも手掛けている、あの世界のアルバート・ブラックマン氏にお願いしたし。
演者も世界で活躍するの人材を寄りすぐった。オーディションも開いたしね。
で、僕の振り付けを担当したのは、あのピーター・マグナス先生。かつて一世風靡した“ゲリラーダンス”、それを創ったのが彼である。
さらにサプライズパーティーには一流のシェフたちを用意した。
若くしてミッシェランで三ツ星を貰った鬼才フランソワ・パールズに監修をお願いして、最高の料理をケータリングで振る舞うことを可能にしたのである……!
「ワシは侯爵家に5200万エルドの慰謝料を支払った」
「ありがとうございます! 父上には感謝しかありません!」
それと同等の金額を慰謝料として払ったのは知っている。
プロポーズの為の費用は返してもらった慰謝料から充当しようと思ったのだが、これは計算違いだ……!
父上、何とか頑張ってくれ。請求はそろそろ来るはずだから。
「5050万エルド、お前が払え……!」
「ぽえっ!?」
「ぽえっ!?ではないッッッッッ! お前が払えと言っておる!! それが出来ぬのなら、お前は勘当だ!!」
えーーーーーっ!?
わ、笑えない冗談は止めてくださいよ、父上。
ぼ、僕にそんな大金払えるはずがないじゃありませんか……!
しかし、逆を返せば5050万払いきったら勘当を免れることが出来る!?
愛というのは乗り越える試練が大きければ、大きいほど、実ったときの幸福感は増幅されるみたいだし……。
「よし、やるか……!」
「やるか、じゃありませんよ。バカ……、じゃなかった。若様の得意の土下座を今しないでどうするんですか?」