逞しいその影は

作者: 杉浦則博


「ぐぼあぁっ!?」


 汚い悲鳴と共に鈍い音が響く。いや、鈍い音なのに響いていいのかと頭の中の冷静な自分がツッコミを入れているが、しかしそうとしか表現できない音だったのだから仕方がない。

 むしろどちらかと言えばパンパンに張り詰めた水袋を全力で叩き付けるような音、だろうか。それなら水に音が浸透して響くというのも間違いではないだろう。

 しかし、悪漢に取り囲まれていた筈の私がこんな悠長な事を考えていられる訳がない。普通だったら。


「―――大丈夫?」


 その理由としては私の目の前に立つ影だろう。

 逆光で顔は見えないが筋骨隆々の巨漢である。私も女性としては背が高い方だが、この影は私よりも頭一つ以上大きいだろう。その巨体を余す所無く筋肉が覆っている。

 気付けば座り込んでしまった私を背に庇い、体を残りの悪漢共に向けながらも横目で私を確認しているその姿に、年甲斐も無く胸が高鳴るのを感じた。


「少し、御仕置きが必要ね……?」


 恐怖で腰が引けている悪漢へと歩を進める影。その後ろ姿に私は―――、


「……ん?」


 言い知れぬ違和感と悪寒を自覚していた。



「か、乾杯……」

「かんぱーい♡」


 普段は猥雑な喧噪に包まれる大衆食堂兼酒場の一角で、私は「彼」とジョッキを打ち合わせていた。

 ん、あー、えーと……彼女、か?


「んぐっ、んぐっ、んぐ……っかぁー! 温い! おねぇさん、御代わりお願いできるぅ?」

「ひっ!? は、はい只今!」


 ジョッキになみなみと注がれたエールを飲み干した「彼」は若干離れて歩いていた給仕に二杯目を要求していた。

 話し掛けられた給仕は若干涙目になっていたが、歩いて離れられるだけマシだと思うのは私だけではないだろう。現に周囲の席に人影は殆ど無い。

 ええい、そんな目で見るな!


「だから別に良いって言ったのにぃ……嫌でしょう? 何もしてないのに人から避けられるの」

「あ、いえ、その……何も、ですか」


 流石に目の前で百面相をしていれば考えていた事もバレるか。しなを作って頬杖を突いた「彼」が溜息をついた。

 しかし何もしていないと言う事は無いだろう。少なくとも筋肉モリモリマッチョマンが小麦色の肌に化粧をしてフリルやリボンまみれの女性ものの服を着ているではないか。そんなサイズの服は一体どこにあったんだ?


「能動的には何もしてないわよ……この恰好も言動も、ちょっとした呪いにかかってるだけよ」

「―――呪い?」

「ええ。仕事で性質の悪い犯罪者の討伐をした時にヘマをしたの……貴女も闇や命属性使いと戦う時は気を付けた方が良いわよ」


 呪詛や負の感情に親和性が高いので後遺症が残る事が多い、と魔術に詳しい知り合いが話していたそうだ。


「そう言えば先程仰っていましたね、冒険者だと」

「それなりにはやれるつもりよ。ただ服や普段の言動が可愛らしくなってしまって……本当は今も悪態をつこうとしているのよ? そういった言動も出来なくなってしまっているの」

「精神的な影響を及ぼす魔術ですか……恐ろしいですね」

「私自身気持ち悪いわ。自殺を考えた事もあったし荒れていた時期もあったけど、今は何とか前向きに解呪の方法を探しているの」


 ふぅ、と「彼」は何度目かの溜息をつく。オイリーなツヤテカの筋肉がくねくねと動く様は実に気持ち悪いが、本人の意思でないのならどうしようもないだろう。

 その後も話を聞くとほぼ自動的に化粧や着替え、裁縫にスキンケアまでこなしてしまうそうだ。少し羨ましいと思ったのは内緒である。


「拳で闘う者として得られたものが無かった訳でもないけど、そろそろいい加減解呪したいのよねぇ……オネェマッチョって一部で有名になってるらしいし」

「はは……得られたものとは?」

「しなやかさや柔らかさね。元々力任せな部分があったけれど、技の繋ぎや少ない力で打倒する術を―――」


 その後予想以上に話が弾み、機会があれば解呪の方法を調べてみると約束まで交わしたのは「彼」の人徳による物なのだろうか?

 そんな、ある日の私の出会いの物語。



 オネェマッチョ:筋肉モリモリマッチョマンの冒険者。熟練の格闘家だが過去に受けた呪詛混じりの魔術によりオネェ化してしまう。かなり強い。

 よくいるオネェマッチョキャラだが本人の意思ではなく、自分自身気持ち悪いと常々感じている。しかし肉体のケアや被服も含めての魔術だったのでどうしようもない。

 オネェ化や荒れていた時期に人間関係がほぼ全てリセットされており、更に技術に修正が入った事で格段に実力が強化されているのは皮肉な所。

 実はオネェ化の呪いではなく性別転換の呪いであり、本人の魔術的な抵抗と術者の力不足で中途半端に発動してしまっていた。

 完全にTSしていた場合は更なる強さと男どもの欲望が待ち受けていたが、正直どちらが幸せなのかは誰も知らない。作者も知らない。


 語り手:実は女騎士……に憧れる女兵士。戦乱があると真っ先にリョナられたりSENKAされたりするポジション。何も無ければ平和に同僚辺りと結婚する。

 今回の邂逅で甲冑組手が若干強くなっている。パ○プロ的なステータスアップイベントと思いねぇ。