episode85 バトレシア帝国
かつて地上は人間が支配し、各国が覇権をかけて絶え間ない争いを続けていた。
しかし、どこからともなく現れた未知なる怪物の出現によって地上の様相は一変する。
意味なく人を殺し、意味なく街を破壊し、そして意味なく国をも滅ぼす力を持った未知なる怪物に対し、人類はその数を三分の二に減らしたところでようやく国家間のわだかまりを捨てて手を結ぶことを選択する。
人類の叡智と力を結集して反撃に転じるも未知なる怪物たちはさらなる力を持って圧倒、大敗北を喫した人類に成り替わって未知なる怪物が頂点捕食者となる。
それから1000年の長き歳月が過ぎ────。
人類が最盛期の百分の一になった現在も、いつしか悪魔と呼ばれるようになった怪物たちによって蹂躙は続けられていた。
それでも人は人同士で争わずにはいられない愚かな種族なのか。
悪魔という人類にとって共通の敵がいるにもかかわらず、かつて共に手を携えて悪魔と戦った歴史など初めからなかったかのように、人間同士の争いを決してやめようとはしなかった。
太陽が日に日に暖かさを増し、本格的な春の到来を告げてくる。
レッドから新たなる指令を受けたリアムたち一行は、バトレシア帝国から南南西に位置するサナトスの街を目指していた。
「大分鉄心にも慣れたではないか」
太郎丸にそう声をかけられ、リアムは鉄心の背に目を向けた。
「鉄心は乗り手の気持ちをよく汲み取ってくれる本当に優しい馬だよ」
「吾輩には遠く及ばぬが馬も中々に賢い生き物だからな」
「まぁそうは言っても鉄心以外の馬なら五分と持たないだろうけど」
最後は小さく肩を竦めて言った。それほど鉄心はリアムに揺れを感じさせないのだ。
「情けない。いつまでもそんなことでは先が思いやられるぞ」
リアムが反論するよりも先に、後ろにいるアリアから声が発せられた。
「てっちゃんには慣れてきているんだし、ほかの馬に乗る必要もない。だから何も問題はな……い」
太郎丸は呆れたような溜息を吐き、
「アリアはリアムに甘すぎる。男が乗り物酔いなど恥ずかしい限りではないか」
「別に恥ずかしくない。むしろ可愛いまであ……る」
「可愛くなどないわっ!」
「そろそろ到着するよ」
リアムは不毛なる争いを断ち切るように朗々と告げる。
視界に映し出された鐘塔と思わしき建物から美しい音色が流れてきた。