episode82 そして次なる舞台の幕が上がり……②
屋敷を後にしたリアムたちは、程なくして星都の城門を抜けた。
新たに旅を共にすることになった馬の鉄心と共に北へ続く街道沿いをましばらく歩いていると、
(あれは……)
右手に見える鬱蒼とした雑木林から、黒マントを身に着けたいかにも怪しげな男が姿を見せる。
「…………」
リアムが真っ直ぐ近づいてくる男を無言のうちに見やれば、男はさも当然のようにリアムたちの隣に並んで歩き始めた。
「……お久しぶりですね」
「今回は随分と大変だったらしいじゃないか」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら言う男に向かって、リアムも負けじと口を歪めながら応じる。
「ええ。組織の情報がままならないせいでかなりの苦労を強いられましたよ」
「若いうちの苦労は買ってでもしろとよく言うだろう。よかったな、タダでしかも沢山貰えて」
そう言って男は気さくにリアムの肩を数度叩いた。
人を食ったような態度で接してくるこの男の名はレッド・ベルファスト。組織に属する人間であり、リアムとアリアにとっては直属の上司にあたる。
リアムは冷ややかな目を向けて言った。
「それにしても相変わらずの地獄耳ですね。一連の騒動からまだそれほど日も立っていないというのに。もしかして僕たちの後をずっとつけていたんじゃないでしょうね?」
「残念ながら俺はそれほど暇じゃないよ。──ところでその馬はどうしたんだ? 前に会ったときは連れていなかったよな?」
レッドがアリアの隣を歩く鉄心に切れ長の目を流せば、鉄心は自分の存在感を示すかのように高らかに嘶いた。
「この子はてっちゃんっていう……の。とってもかわいいでしょ……う」
鉄心に頬ずりするアリアにそう言われれば、レッドはそうだなと半笑いを浮かべながらリアムに素早く耳打ちしてくる。
「お前確か乗り物全般苦手だったよな?」
「だから乗っていませんよね」
「…………」
「なんです?」
「ははーん。その様子だと押し切られたな。お前は相変わらずアリアには甘いな」
「大きなお世話ですよ」
「その優しさをほんの少しでも俺に向けてくれれば、それだけで世界は平和に回るのにねぇ……」
頬の傷を撫でながらわけのわからないことをほざくレッドに、リアムは盛大に溜息を吐く。下らない戯言などにいつまでも付き合っていられない。
「レッドよ、お主は何しにここへ来たのだ?」
「太郎丸ちゃんさー、久しぶりに会ったんだからそんな邪険に扱わないでくれよ。俺、泣いちゃうよ?」
「レッドが泣く? ふん、へそで鉄火茶が沸騰するほどあり得ないことだ」
「俺に対する太郎丸ちゃんの評価ってかなり酷くない⁉️」
「至極まっとうな評価だと思うぞ、吾輩」
レッドに対する太郎丸の視線はどこまでも冷たいものだった。
「で、本当に何しに来たんですか? まさか目に入れても痛くない可愛い可愛い部下たちの顔でも見たくなったとでも?」
皮肉をたっぷり込めてそう言えば、レッドは真面目な顔で「よくわかったな。実はそうなんだよ。しばらく顔を見ないと具合が悪くなるまである」と、のたまう始末。
リアムは黒狸と黒狐の化かし合いを早々に放棄して本題に入ることにした。