episode81 そして次なる舞台の幕が上がり……①
星都から離れる日を迎え、屋敷の玄関先ではベルトラインを中心として左右に整然と並ぶメイドたちがリアムたちを送りだそうとしていた……。
「今日までお世話になりました」
「料理とっても美味しかっ……た」
「ブラッシングが見事であった。どこかで再び出会うことがあれば遠慮なく声をかけてくれて構わないぞ」
それぞれがそれぞれの言葉で礼を述べた後、憔悴の途にあるベルトラインが一歩前に進み出る。メイドたちの手前もあるのだろう。昨日部屋に訪れたときとは様相が一変し、そこには最後まで聖女サリアーナの筆頭執事たろうとする初老の姿があった。
「道中の無事を心よりお祈り申し上げます」
ベルトラインが慇懃に頭を下げれば、メイドたちも一糸乱れる所作で深々とお辞儀をする。最後まで完璧な仕事をしたベルトラインとメイドたちにプロフェッショナルを感じ、リアムは大いに尊敬の念を抱いたものだ。
「よろしければこちらをお持ちになってください」
立ち去ろうとしたところ、そそくさと前に進み出たステファニーがリアムでもアリアでもなく太郎丸に向かって薄い布に包まれた何かを差し出してきた。
太郎丸は鼻をスンと鳴らすと、
「昨日の集まりに姿を見せぬと思っていたらこれを夜な夜な作っておったのか」
「太郎丸様のご慧眼にはただただ感服するばかりです」
「──お主もほんに悪よのう」
「いえいえ、太郎丸様ほどでは」
顔と顔が触れ合うほどの距離でクツクツと笑い合う姿を見て、ベルトラインとメイドたちはただただ引きつった笑みを浮かべている。
本当に仲が良くなったものだと呆れ半分感心半分で眺めていると、太郎丸が背負い袋をゴソゴソと漁り出し、やがてひとつの石ころを取り出した。
「ステファニー殿には太郎丸五大秘蔵コレクションのうちがひとつを進呈してしんぜよう。手土産に対する褒美だ。遠慮なく受け取るがよい」
「こ、こんな貴重なものを!」
目を大きく見開くステファニーにリアムは激しくツッコミを入れたかったが、ここはグッと我慢をしてなり行きを見守る。
「そ、その本当によろしいのですか?」
わなわなと体を震わせながら恐る恐る尋ねるステファニーへ、
「よい!」
快活に言った太郎丸は、肉球に乗せられた石をステファニーに差し出した。
「ははーっ。ではありがたく頂戴いたします」
どこからどう見てもやっぱりただの石ころしか見えないそれを、ステファニーがひざまづくようにして受け取った。
「いやいやノリが良すぎでしょう!」
我慢ができなくそうツッコミを入れながら、それにしてもとリアムは思う。
太郎丸が口にした五大秘蔵コレクションなるものは、太郎丸にとって真実宝物であることをリアムはよく知っている。宿屋木漏れ日でシェフに渡そうとしていた石とは似て非なるもの。
それほど大事にしている石をステファニーにプレゼントしたということは、太郎丸がそれだけステファニーを気に入ったという現れに他ならない。
(僕たち以外でここまで太郎丸に踏み込んでくる人間なんてそうそういない。なにせ喋った途端気味悪がられるのが当たり前だし、太郎丸が宝物をプレゼントしたくなる気持ちは理解できる。それにしても……)
リアムは大事そうに石を懐へとしまうステファニーを見る。太郎丸のノリにここまで合わせられるとはメイド筆頭侮りがたしとリアムは舌を巻いた。
「──では皆さんお達者で」
玄関の扉が大きく開け放たれると、抜けるような青空が目に飛び込んできた。
(少し肌寒いけど旅立ちには気持ちのいい陽気だ)
マントの襟を立てながらリアムは力強い一歩を踏み出した。