episode79 ささやかな幸せを魔法に込めて③
「カリン殿ではないか? こんな時分にどうしたのだ?」
太郎丸が声をかける。
カリンは表情を強張らせながら、
「あ、あの、お忙しいところ申し訳ありませんが、私と一緒に玄関ホールまでお越しいただくことは可能でしょうか?」
「玄関ホールに? どうして?」
「どうかお願いします」
リアムの問いには答えず、カリンは必死な面持ちで頭を下げてくる。わけがわからずリアムと太郎丸は互いに顔を見合わせた。
「はぁ。まぁ別に構いませんけど……」
「ありがとうございます」
部屋を出たリアムたちがカリンの先導で階段前の踊り場にたどり着くと、落ち着かない様子のメイドたちを眼下に捉える。
(ステファニーさん以外は全員集まっている。本当にどういうことだ?)
内心で首を傾げながらリアムは階段を降りていくと、こちらに気づいたメイドたちが慌てて横一列に並び始める。
改めて彼女たちの前に立ったカリンは、
「あの……明日お立ちになるのですよね?」
「夕食のときにもそう言ったはずだけど……」
「そうですよね……それで、その……例のことなんですけど……」
「例のこと? 例のことって?」
「ですから……その……」
カリンはアリアにチラチラ視線を送っては、はっきりしない物言いを繰り返す。なにが言いたいのか全く理解できず困惑するリアムに、アリアが耳打ちしてきた。
「たぶん呪いのことだとおも……う」
言われてリアムは彼女たちの思いにようやく至った。
(なるほど呪いか。どうりで必死な顔をしているはずだ)
屋敷を訪れた初日にカリンへ呪いを防ぐおまじない(適当)を施したのが最初で最後で、翌日からは依頼に忙殺されて頭から完全に抜け落ちていた。
今回の騒動を引き起こした得体のしれない悪魔のことも重ねって、カリンが呪いの件を言い出さなければそのまま星都を離れていたことだろう。
(呪いの噂を信じているメイドたちからしたら、それこそ気の休まる日などなかったに違いない。なんだか悪いことしたなぁ……)
仕事だといえばそれまでのことだが、メイドたちは怯えながらも細やかな気配りをもって接してくれたのは肌身に感じている。このまま何食わぬ顔で去ってしまったら、メイドたちから一生恨まれることだろう。
(あれ? ステファニーさんはいいのかな?)
ここにはいないステファニーのことを尋ねると、彼女はやることがあるからとこの集まりには参加しなかったらしい。
つまり呪いのことなど歯牙にもかけていないということだ。
(太郎丸と仲良くしていることといい、やっぱりステファニーさんって変わっているな。──っと)
不安そうな目をこれでもかと向けてくるメイドたちへ、リアムはコホンと咳ばらいをひとつした。
「大変長らくお待たせしました。今からみなさんに降りかかってしまった呪いを順番に解いていこうと思います」
メイドたちからワッと歓喜の声が上がった。そして、次に彼女たちが見せた行動は縦一列に並ぶことだった。我先にと争う姿を僅かにも見せなかったことからも、あらかじめ順番を決めていたことが窺えてリアムはひとり苦笑する。
「ではこれより解呪の儀を執り行います」
厳かに言ってみせたリアムは、それらしい言葉と仕草でもってメイドたちを安心させていく。最後のひとりが終わりホッと胸を撫で下ろしているメイドたちの注意を向けさせるべく、リアムはパンパンと手を叩いて見せた。
「これより最後の仕上げに入りたいと思います」
「え!? まだ呪いは解かれていないのですか!?」
驚くカリンが代表して尋ねれば、メイドたちが再び不安そうな目を向けてくる。そんな彼女たちを引き連れてリアムは庭園へとやってきた。