episode77 ささやかな幸せを魔法に込めて①
聖光宮で起きた前代未聞な凶劇から一週間後。
星都ペンタリアから発つ日を明日と定め、リアムとアリアは荷物の整理に余念がなかった。
「まだ終わらぬのか?」
太郎丸はベッドの上で自身のコレクションである石ころを眺めてはニヨニヨしている。リアムは太郎丸の横に置かれている背負い袋に視線を移した。
「そういう太郎丸は終わっているんだろうね」
「愚問だな」
言って太郎丸はせせら笑う。太郎丸の背負い袋に入っているのはほぼほぼ石ころだけなので確かに愚問だった。
「リアム。もうおなかいっぱいだっ……て」
「え? お腹いっぱい?」
アリアから差し出された大型のカバンを覗き見ると、荷物が無造作に詰め込まれて今にも溢れそうになっていた。
(また僕の知らない間にガラクタが増えている……)
リアムが無言でアリアに視線を移せば、なにかを訴えるように見つめ返してくる。
「──なにその目は?」
「じーっ」
「だからなに?」
「じじーっ」
「わかったわかった。僕がアリアの分もやればいいんでしょ」
「そうとも、いう」
アリアは満足そうに頷いた。リアムは溜息を吐きながら無秩序に放り込まれたガラクタを全て取り出し、手早くカバンに詰め直していく。
横でジッと手際を見ていたアリアは時折「おー」と彼女なりの感嘆の声を漏らしていた。
「──ほらできたぞ。これで問題ないはずだ」
「リアムお片付け魔法でも使っ……た?」
「そんな便利な魔法はないから」
「でも魔法みたいだった。アリアはすぐに溢れちゃったの……に」
収納の余地がまだまだあるカバンを覗き込むアリア。
リアムは自分の荷造りを再開させながら、
「そりゃアリアの詰め方は色々とあれだから……」
「あれってな……に?」
濁りのない目で小首を傾げるアリアを見て、リアムは言葉に詰まった。
「これからのこともある。この際はっきり伝えてやったらどうだ。それを片付けとは断じて──ムグッ⁉」
リアムは慌てて太郎丸の口を押えながら、
「ま、まぁちょっとしたコツがあるんだよ」
要は荷物をパズルに見立ててしまえばいいのだが、それをアリアに伝えようものならリアムの荷物は自分がやると鼻息を荒くしながら言い出しかねない。なので余計なことは一切口にせず手だけを黙々と動かしていると、扉からなんとも弱々しいノック音が聞こえてきた。
(夕食はとっくに済ませたし、今時分に誰だろう?)
内心で首を捻りながら扉を開けて見れば、憔悴しきった様子のベルトラインが暗い顔で立っていた。
「夜分にすみません。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ええまぁ……どうぞお入りください」
まるで幽鬼のように歩くベルトラインは、もはや聖女筆頭執事の貫禄さなど微塵もなく、仕立ての良い服がかろうじて執事であることを繋ぎ止めている有様だ。
とりあえず無駄に広々としたソファに座ってもらい、アリアにお茶を入れるよう頼みながらリアム自身はベルトラインの正面に腰掛けた。
「どう……ぞ」
アリアがたどたどしい手つきでテーカップをテーブルに置くと、ベルトラインは力なく唇をすぼめた。
「お気遣いありがとうございます。まさかデモンズイーターのアリア様にお茶を入れてもらえる日が来るとは夢にも思ってもみませんでした」
その後に続く言葉はなく、手にしたお茶を何度も口にするベルトライン。リアムはただ黙ってベルトラインの口が開かれるのを待つことにした。