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episode77 真相③

 俊足術を発動し瞬く間に距離を詰めたアリアが、悪魔に向けて稲妻がごとき刺突攻撃を見舞う。

 しかし、退魔の剣が悪魔の胸を穿つことはなかった。


「中々に早いな。威力もそれなりにある。ほかのデモンズイーターとやらも同じような強さか?」


 切っ先を二本の指で軽々と挟み込み攻撃を防いで見せた悪魔は、なおも押し込もうとするアリアへ問いかける。


「……アリアが一番強いもん」

「そうか。それが事実ならば期待外れもいいところだ」


 悪魔は空いているもう片方の手をアリアの腹にあてがう。次の瞬間ズンと腹を突き上げるような音が轟き、気づいたときには背後の壁にアリアが叩きつけられていた。


「アリアッ‼」

「だ、だいじょうぶ。ぜんぜんへっちゃらだから」


 勢いよく立ち上がって体に付着した壁の破片を取り除くアリア。どうやら大事には至らなかったようだと、リアムはホッと息を撫で下ろす。


「ほほう。かなり手加減しているとはいえ、中々に頑丈ではないか」

「次は容赦しない」

「殺る気があるのは結構なことだが、余はそこの少年と会話を楽しんでいるところだ。貴様の相手はいずれしてやる。だから今は大人しくしておれ。──さて、余に聞きたいことはもう終わりか?」

「……お前は一体何者なんだ?」


 人語を巧みに操り、特A級のデモンズイーターであるアリアを簡単にあしらった。人間の容姿をしていることといい、ただの悪魔と評するにはあまりにも無理があり過ぎるのだ。

 悪魔はひじ掛けに頬杖をつき、


「何者だ、か……。正直今の人間の言語に未だ不慣れでな。定義化するのはそれなりに難儀だがそれでもあえて言うのなら──」


 悪魔は実に悪魔らしいおぞましい笑みを顔に張り付けて言った。


「混沌を愉しむ者、かな?」


 ニタリと笑う悪魔の顔面に向けて銀弾を撃ち込むも、その全ては悪魔の顔面を避けるように逸れていき、謁見の間を傷つけるにとどまった。


(防壁を展開している様子はない。そもそも悪魔が人の叡智の結晶たる魔法を使えるとも思えない。一体どういうからくりだ……)


 リアムが奥歯を噛みしめていると、正面から猛々しい声が上がった。


「貴様の正体などこの際どうでもいい! それよりサリアーナ様をどこへやった!」


 最初リアムに向けられていた剣は、今や完全に壇上の悪魔へと向けられていた。しかも、剣の周囲には小さな竜巻と呼べる代物が渦巻いている。


(あれは魔法が付与された剣か。神聖騎士団の重騎士なだけあってさすがにいいものを持ってはいるが……)


 悪魔は猛るイズモを見やると、瞬時に顔を美しいものへと変化させた。


「イズモ、少し落ち着いたらどうです」

「……その顔で……その声で……私の名を呼ぶなあああああぁぁぁっっ!!」


 壇上を一足飛びに駆け上がり、猛然と悪魔に斬りかかるイズモ。


「そんな可愛らしい風でなにができるというのです」


 悪魔が軽く指を弾けば、巨大な竜巻が瞬時に巻き起こった。大柄なイズモが天井近くまであけっなく吹き飛ばされると、今度はぐったりとした状態で落ちていく。


(意識を失ったか)


 左手を突き出し、リアムもまたイズモの落下地点に向けて小さな突風を発生させた。吹き上がる風に体を押された形となったイズモは、落下速度を急激に落とし衝撃を緩和させることに成功する。


(骨の一本や二本は折れているだろうけど命に関わることはないはずだ)


 悪魔は横たわるイズモをつまらなそうに見下ろし、リアムに視線を戻した。


「神聖騎士団とお前たちは水と油の関係というやつなのだろ? そんな人間の命を助ける必要があったのか?」

「…………」

「──ふむ。つまりお人好しというやつか。つまらんな。質問はもう終わりということでよいか?」

「……本物はどうした?」

「本物? それくらいは自分たちで探せと言いたいところだが、まぁそれなりに余を楽しませてくれた礼にヒントくらいは与えてやろう。ヒントはこの建物のどこかにいる。ただそれと識別できるかは余の関知するところではないがな」


 意味深な言葉を残して椅子から立ち上がった悪魔は、そのままゆっくり上昇しながら再び語りかけてくる。


「不幻の少年とデモンズイーターよ。次会う時はさらに楽しませてくれることを期待する」


 耳を切り裂くような高笑いと共に謁見の間は強烈な光で満たされ、リアムは思わず目を塞ぐ。再び目を開けたときには悪魔の影も形もなかった。


「リアム……上からなにか落ちてくる」


 悔しさを顔に張り付かせるアリアの言葉に顔を上げてみれば、確かにひらひらとしたものが舞い落ちてくる。全体が肌色がかったしわしわの一部をリアムは慎重に掴んだ。


(見た目以上にに軽いな。それにしてもなんなんだ、この感触は?)


 どうやら伸縮性もあるようで、左右に引っ張ればそれなりに伸びたりもする。様々な角度から観察してみた結果、リアムは愕然とした。


(なんてことをするんだ……)


 リアムはあまりのおぞましさに身が震え、手に掴んだソレを床に投げ捨ててしまった。床にしゃがんだアリアは、投げ捨てたソレに指をゆっくり滑らせていく。


「リアム。これって……」


 アリアの問いに答えることなく、リアムは悪魔が消えた虚空をいつまでも睨み続けた。


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