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episode73 暗転③

 聖光宮に到着する頃には、雲ひとつなかった空が厚い雲で覆われようとしていた。

 リアムが足を止めてそびえ立つ聖光宮を眺めていると、


「リアム様のお気持ちは痛いほどよくわかります。何度見ても聖光宮は人の心を強く惹きつけますから」


 思いっきり勘違いをしているベルトラインを見やれば、満足そうな笑みを唇に乗せていた。


(勝手に僕の心を押し計れてもねぇ。どれだけの費用をかけたんだとの意味では呆れる意味で惹きつけられるけど)


 リアムは内心で苦笑しながらも、ベルトラインの言葉を表立って否定はしなかった。信仰心といったものは必ずしも事の是非に関わらないことを知っているからに他ならない。


「いつまでも見ていたいのは私も同じですが、謁見の時間も差し迫っておりますので……」

「お時間を取らせました」

「とんでもございません。では参りましょう」


 門兵の高らかな合図で入り口の扉が厳かに開かれていく。完全に開かれたところで聖光宮内に足を前に進めると、ひんやりとした空気がリアムたちを出迎えた。


(相変わらずここは人の出入りがないな)


 聖光宮内の荘厳な造りは、静けさを際立たせるのに一役も二役も買っていた。

 見覚えのある回廊を靴音を響かせながら進んでいけば、やはり見覚えのある大扉が視界に入ってくる。

 前回訪れた際と異なる点は、以前は大扉の両脇に配置されていた神聖騎士団がいないということだった。


「ここまでの案内となります。扉が開かれたらそのままお進みください」


 ベルトラインは素早く壁際に寄って胸に手を置き頭を下げる。リアムたちの到着を待っていたかのように重々しい音を響かせながら開かれていく大扉。

 謁見の間に足を踏み入れるな否や以前とは比べ物にならない強烈な香の匂いが鼻を突き、リアムは思わず顔を顰めた。


(これは酷すぎる)


 さすがにアリアも不快に思ったのか、これみよがしに鼻をつまんでいる。天井に滞留している青白い煙を見やりつつ真っすぐ壇上を目指して歩いていると、威嚇でもするように仁王立ちした男から鋭い声が飛んできた。

 言わずと知れたイズモである。


「そこで止まれ!」


 言われたとおりに立ち止まるリアムとアリアであったが、もちろん聖女サリアーナの前だからと片膝をつくことなどしない。

 忌々しそうに舌打ちするイズモの横で、前回と変わらず紫の布地で囲われた壇上から柔らかな声が届いた。


「無事にお戻りになられたようで安堵いたしました。ギルド長から群れを成す悪魔の報告は聞いています。リアム様たちのおかげで大事に至らずにすみました。まずは星都を統べる者としてお礼を申し上げます」

「礼には及びません。これも依頼の一環なので」

「恐れ入ります。リアム様もすでにご存知のことだと思いますが、星都ペンタリアに第一級非常事態宣言を発令しました。しばらくは現状を維持する予定です」

「私もそれがいいと思います。今回の件が偶然に起きたことだと考えるのは危険ですから」

「わたくしも同じように考えております。──では早速で恐縮ですが調査結果をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 リアムは承知した旨を告げ、村人失踪の原因と関与した魔導士の存在。そして、魔導士の目的が強力な悪魔の召喚にあったこと。最終的に召喚の阻止自体は失敗したものの、悪魔の殲滅には成功した旨を説明した。

 サリアーナは言う。


「リアム様たちが伝説の悪魔を倒していなかったら、今頃星都は恐ろしい災厄に見舞われていたということですね。感謝の言葉もございません」

「…………」

「もう少し早くリアム様たちに依頼をしていたらこれほどの犠牲を出すことはなかったでしょう。悔やまれるばかりではありますが、起こったことを嘆いてみても詮無き事。せめて生き残った村人たちには、聖女サリアーナの名の下に手厚い保護を与えたいと思っています。リアム様、アリア様、この度は本当にありがとうございました」


 サリアーナの言葉に対し、リアムは静かに告げた。


「お言葉ですが依頼はまだ半分しか達成されていません。たった今それが判明しました」

「──リアム様、それはどういうことでしょう?」


 いつの間にか振りだした雨が荘厳な窓ガラスを激しく叩きつけている。

 イズモは意味がわからないとばかりに怪訝な表情を向けてきた。


「それは……こういうことだッ!」


 マントを翻したリアムは腰のホルダーから抜いたガンナーを壇上に向け、謁見の間に激音を響かせるのであった。

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