episode71 暗転①
地平線に伸びる朱色の輝きが間もなく途絶えようとする頃。リアムとアリアは星都ペンタリアに到着した。鉄心からゆっくり降り立ったリアムは、大きく伸びをしながら肺いっぱいに新鮮な空気を送り込んだ。
「あんまり気持ち悪くならなかったみたいだ……ね」
リアムに続いて下馬したアリアが嬉しそうに声をかけてくる。別に乗り物酔いを克服したわけではない。馬を巧みに操るアリアの技術もさることながら、鉄心と名付けられたこの馬がかなり気を使ってくれたことが大きい。
こちらの体調を窺うように何度となく振り返られる度にリアムは自然と恐縮したものだ。
「ありがとな」
感謝の意味も込めて首筋を優しく撫でていると、鉄心がヌッと顔を近づけ、リアムの頬をペロリと舐めてきた。
「ひゃっ!」
驚きのあまりその場に尻餅をついてしまうリアム。いきなり舐めるのは反則だろうと思いながらアリアを見れば、背を向けて細かく肩を震わせている。
「馬に舐められたくらいで男が情けない声を上げるな」
太郎丸に冷ややかな目を浴びせられたリアムは、軽い咳払いをひとつ落としながらなんでもないように立ち上がった。
「さ、行こうか」
早足で門に向かえば、顔を見合わせたアリアと太郎丸がが慌てて追いかけてくる。門の前には沢山の篝火が焚かれており、兵士たちに混ざって何人もの神聖騎士団が全身に緊張を漲らせながら警戒に当たっていた。
警備にあたっているのは彼らばかりでなく、ギルドの戦士らしき者たちの姿もちらほらと見て取れる。リアムとアリアが門に近づくと、最初に星都を訪れた際に対応してくれた門兵が駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ」
「なんだか物々しいですね」
「悪魔の群れが南東の森に現れたということで、現在星都ペンタリアは非常事態態勢に移行しています」
そこまで言って左右を見渡した門兵は、声を一段低くして言う。
「最初は悪魔が群れを成すなんてたちの悪い冗談だと思っていました。それも悪魔の群れと遭遇した疾風の顛末を聞くまではですが……」
門兵の話を聞き、リアムは安堵した。どうやらフェリスは無事星都に帰り着いて、しっかりと報告をしてくれたらしい。総合ギルド煉獄でも名を馳せていたらしい疾風の言はさすがに無視できなかったのだろう。
万が一悪魔の群れが星都に姿を現したとして、ここにいる人間だけで対処できるかは定かでないが、警戒を怠るよりかは遥かにましだと言えた。
「ところで中へ入ってもいいですか?」
「すみません。呼び止めてしまって。もちろん入っていただいて構いません」
門兵は下にも置かない態度で道を譲ってくる。礼を言って門を抜けるころには日も沈み、整然と区画された街並みには温かな明かりが灯されていた。
「日も暮れたことだし報告は明日にして今日はゆっくり休もうか」
アリアは賛成とばかりに頷いて再び騎乗する。アリアに促されるままリアムも鉄心にに跨り、太郎丸と共に滞在している屋敷に向かって常歩で馬を進めていく。
一度ならず通ってきた道なだけに地図を片手にといったこともなく、ダリアの塔の頂上で赤々とした光を放つ巨大な篝火を見やりながら屋敷へと到着した。