episode68 アリアの我儘①
(殲滅できたみたいだな)
防壁を解除したリアムの下に程なくしてアリアと太郎丸が戻ってきた。
「どうやら殲滅したようだね。太郎丸もアリアもよくやってくれた」
「ま、伝説の悪魔だろうが吾輩にかかればどうってことないな」
誇らしげな太郎丸と違ってアリアの表情はどこか冴えないもので、だからこそリアムは焦りを覚えた。
「もしかして怪我をしたのか⁉️」
「怪我はしていな……い」
アリアは体をピョンピョン跳ねさせて怪我がないことを証明した。
「そうか……」
リアムは安堵の息を吐いていると、太郎丸から白い目を向けられた。
「リアムはアリアに対して過保護過ぎるきらいがあるぞ。戦いに身を置く者であれば怪我など日常茶飯事。いちいち気を揉むな」
太郎丸の言い分はもっともで、リアムは頬を掻きながら「そうだね」と短く答えた。
「でも怪我でないならなんでそんなに元気がないんだ?」
「あのね……霊核を取れなかったの」
「責めるでないぞ。悪魔が勝手に地割れに落ちていったから回収することができなかったのだ」
アリアを庇うように太郎丸がすかさずフォローする。リアムとしてもアリアと太郎丸が無事帰ってくることがなにより重要で霊核は二の次である。初めから責める気など毛頭なかった。
「全然問題ない。気にしなくていいから」
「でも今までに見たことがないくらい大きかっ……た」
太郎丸の話によると大人の握り拳くらいの大きさはあったらしい。それほどまでの大きさはリアムもお目にかかったことはなく、アリアが落ち込むのもわかる話である。
が、霊核が水色に輝いていたという件を聞き、リアムは内心で首を捻った。
(黒の聖書に記録が残されているほどの悪魔の霊核が水色だなんてことあるのか?)
純度にもよるが水の霊核を持つ悪魔はカテゴリーδに多く属し、今のところ例外はない。強さからいえば中位より多少上といったところだ。
(あの悪魔は完全な状態で復活してはいなかった。それが関係している? ──そもそもあれは本当にダビテの印だったのだろうか?)
リアムは天空に浮かんだ巨大な魔法陣を思い出し、今さらながらに疑問を感じた。アリアや太郎丸の力を過小評価はしていないが、拍子抜けしてしまったのもまた事実である。それこそアリアが危機に陥るようなら、リアムは命を賭してでも割って入るつもりでいた。
(──ん?)
ふと刺さるような視線に気づけば、アリアがぷっくりと頬を膨らませている。太郎丸からも同様の視線を受けていた。
「ええと……もしかしてなにか怒ってる?」
「アリア、弱くないもん」
「吾輩の力を見くびっておるのか?」
「もちろんアリアは弱くないし、太郎丸の力を見くびってもいない。ただどうにも腑に落ちないんだ。相手にしたのは仮にも黒の聖書に記録が残る大悪魔だから……」
そう言いつつも最後は消えいるような声になってしまう。益々頬を膨らませたアリアがリアムの眼前にズイと顔を寄せてきた。
「やっぱりリアムはアリアのこと弱いと思ってい……る」
「どうやらリアムにはお仕置きが必要だな」
「だからそうじゃないって」
駄々をこねる子供のように体を揺らすアリアと今にも飛びかかってきそうな太郎丸をなんとか宥めたリアムは、これまでに倒した悪魔の死骸を〝骸衆〟に回収してもらうべく、変異体の報告書と共に組織に向けて白葉の鴉を飛ばす。
今回の殲滅は色々と疑問の残る形となったが、とりあえずは星都ペンタリアに戻って聖女に事の次第を報告すれば依頼は完了だ。