episode66 国崩しの悪魔③
気が触れたような術者へ、リアムは語気を強めて言う。
「なにがそんなにおかしいのです」
「勘違いも甚だしいと思うてな」
「勘違い……?」
「今度は貴様らが我を舐めていたようだな。その証拠にほれ、その禍つなる瞳で空を見上げてみるがいい。──不足でしょうが何卒お受け取りください。これが最後の贄、です……」
真っ赤に染まった両の眼から黄色味がかった液体をドロリと垂れ流して術者はこと切れる。リアムが慌てて空を上見上げれば、深紅に輝く巨大な魔法陣が空を覆い尽くさんばかりに顕現していた。
「しまったッ!」
焦るリアムをあざ笑うかのように、魔法陣の外円部分がゆっくりと回転を始めていく。やがて四方八方に稲妻を轟かせながら内円部分も高速回転を始め、世界は目が眩むほどの閃光で満たされた。
「地面の下からなにか来るっ!」
アリアの言葉と同時に大地が激しく揺れ、あちらこちらから地割れが発生する。家屋を次々と飲み込みながら崩落する地面の奥底から、禍々しい声と共に地中から巨大な腕がゆっくり伸びてくる。
「リアム!」
「わかってる!」
左手を覆っていた手袋を脱ぎ捨てたリアムは、あらかじめ懐に忍ばせていた魔晶石を取り出すと、天蛇の刻印があらわになった左手ごと地面に叩きつけた。
「させるかッ!」
リアムは練り上げた蒼気を天蛇の刻印に集束させ、地面に三重の魔法陣を形成する。一瞬で粉々になった魔晶石が風に乗って空に舞う中、天に向かって伸びた一筋の光はやがて空中で拡散し、這い出ようとする巨大な悪魔に驟雨のごとき光の楔が降り注ぐ。
カテゴリーγまでの悪魔なら強制的に行動不能にすることが可能な拘束魔法であり、現時点でリアムが行使できる最大級のものだった。
「封じたか!」
太郎丸の言葉にリアムは舌打ちと共に答えた。
「……失敗だ」
光の楔を穿ちに穿いて一度は地中に沈んだ悪魔であったが、打ち込んだすべての楔は一斉に光の粒となって消え、再び悪魔の指が地面の割れ目にかかる。リアムは天蛇の刻印を輝かせながらガンナーで攻撃するも、銀弾は悪魔の手に食い込むばかりで大したダメージを与えているようには見えなかった。
(僕は蒼気を練りに練り上げた。国崩しの悪魔とはこれほどのものか……)
リアムは歯噛みする。漆黒のマントを颯爽と脱ぎ捨てたアリアは、スラリと退魔の剣を引き抜いてリアムの肩に優しく手を置いた。
「リアムはどこか遠くに隠れていて。防壁を張ることも忘れないように」
「役に立てなくてすまない……」
「大丈夫。あとはアリアに任せて」
「吾輩がいることを忘れるな」
「太郎丸はアリアの援護をお願い」
「承知!」
アリアと太郎丸から離れたリアムは、完全に地面から這い出てきた悪魔の全容を目にする。アリアはなんら臆することなく、悪魔に向けて颯爽と退魔の剣を構えるのであった。
▼△▼
(大きい……)
アリアはそびえるように立つ悪魔の全身を眺めた。背丈はアリアの四倍は優に超え、黒光りする硬そうな外皮に身を守られている。だが、脇腹だけは派手に裂けていて、そこから内臓らしきものを垂れ流し続けてした。
(きっと村人たちを全員生贄にできなかったから完全には復活できなかったんだ。リアムは落ち込んでいたけれどそれでもこの状況はリアムのおかげだ)
アリアは流し目を背後に送り、リアムが防壁を展開されているのを確認した。再び悪魔に目を向ければ、悪魔は右足力強くを一歩踏み出し、その衝撃度で地響きと共に土煙が舞う。
だが、悪魔が行動を起こしたのはそこまでで、その後は石像のように動かなくなってしまった。
「どうしたというのだ?」
太郎丸が油断なく悪魔を見据えながら言う
「わからない。でも油断はできない」
左右三つに連なる網の目のような複眼も、正面で剣を構えるアリアを見るというわけでもなく、太郎丸に対して無防備に背を晒している。かといって倒れている村人たちを襲う気配もない。それぞれが明後日の方向に視線をせわしなく動かしているだけ。
「策を弄しているようには見えない。仕掛ける好機は今ぞ」
「うん──ッ!?」
六つの目のうちのひとつが不意にアリアを捉えた途端、それだけで身を切り刻まれそうな烈風を伴いながら巨大な右腕が顔面に振り下ろされた。