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episode65 国崩しの悪魔②

「ほほう! 瞳に宿る聖五角形の印。この時代にも〝不幻の瞳〟の使い手がいたとは驚きだ。──くくくっ。その年齢で相当な地獄を見てきたか」


 術者は黄色い歯を存分に覗かせ、さらに濁り切った笑みを加えてくる。


「それ以上しゃべるな」


 身に着けていたマントを投げ捨てたアリアが、術者に向かって退魔の剣を引き抜きながら前傾姿勢で走り出す。術者に慌てる様子はなく、残された左手を駆けるアリアへと向けた。


「まぁそんなことはどうでもいい。どうであれ我の崇高なる儀式を邪魔したのだ。おぬしらも精々あのお方の糧になってもらうぞ」


 収束音を響かせながら放たれる火流弾を、アリアは華麗な動きでもって回避していく。いくつもの炸裂音が轟く中で必殺の間合いに足を踏み込んだと同時に空へ飛び上がったアリアは剣を半回転、術者の頭蓋へ向けて垂直に振り下ろす。

 しかし、術者の頭を叩き割るには至らなかった。再び七色の光を放つ防壁によって阻まれ、高質な音を響かせるにとどまる。


「硬い……」


 アリアは防壁を蹴り上げながら大きく後方に宙返りして地面に降り立つ。術者に追撃の意志は感じられなかった。


「その尋常ならぬ足の運びと身のこなし、主も只者ではない──ん? その胸の黒いユニコーン……そうかそうか。主があのお方がおっしゃっていた悪魔退治を生業とするデモンズイーターか。ではあのお方の邪魔にならないよう、なおさらここで死んでもらわんといかんな」


 先程とは比べ物にならない量の火流弾を浴びせてくる術者をものともせず、アリアは白金の髪を風になびかせながら必殺の間合いに入り、再び空高く跳躍する。

 老人はアリアを見上げながら失望の声を漏らした。


「主は阿呆か? 一度通じなかった攻撃が二度目は効くとでも思っておるのか?」

「同じじゃないも……ん」


 剣を持つアリアの両腕からビキビキと軋むような音が聞こえる。アリアは三度展開された防壁に向けて剣を叩きつけた。


「だから無駄だと言ったであろう……なにッ⁉」


 退魔の剣を叩きつけている箇所から小さな亀裂が生じた次の瞬間、防壁は砕け散る。頭上に迫る退魔の剣を前にして、術者はただただ驚愕の表情を浮かべていた。


「──驕りが仇となったな。デモンズイーターを、アリアを舐めすぎだ」


 たとえ高位の魔導士であろうと頂点捕食者である悪魔を喰らうデモンズイーターを止められる道理はない。ましてアリアは特A級のデモンズイーター。

 甘く見た術者の代償は、死をもって償われたかに思われたが──。


「化け物じみた生命力ですね」


 リアムは術者に歩み寄る。

 体を両断されたにもかかわらず、術者は辛うじて生きていた。左右非対称に忙しく動かしていた術者の目がリアムを捉えると、泣き別れた唇を器用に動かし始めた。


「くくくっ……まさかこんな結末が待っていようとは……な。再び蹂躙する様を見ることはかなわなかったのは残念じゃ……」

「再び?……まるであなたがムガール・サイオンみたいな言い方ですね」


 術者はただ唇を歪ませるのみで、リアムの問いに答えようとはしなかった。ならばとリアムは質問を変えることにした。


「ダビテの印を発動させてどうするつもりだったのです」

「ダビテの印だとわかっているのなら今さら聞くまでもないじゃろう。この世界から人間を駆逐する以外になにがあるというだ」

「それほどまでに人間が嫌いですか?」

「ああ嫌いだね。いつの世も人間は傲慢で、利己的で、実に度し難い。生きていても世界に害悪なばかりじゃ」

「あなたもその人間でしょうに」

「…………」

「なんにせよダビテの印の発動は阻止しました。あなたのくだらない野望は潰えたのです」

「潰えた?……クククッ」


 術者の地の底から湧き出るような笑いが、天を穿つがのごとき笑いへと変容するのに大した時間を要しなかった。

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