episode64 国崩しの悪魔①
途中短い休息を挟みながらゴルダ村を目指して馬を駆けること約一日。リアムは村の上空を中心に稲光を無数に走らせながら渦巻く巨大な紫雲を視界に捉える。
実に不気味な現象で自然に発生したものではないことは明らかだった。
「間に合わなかった⁉」
太郎丸の言葉にリアムは即座に否を唱えた。
「いや、あの様子ならまだギリギリ間に合うはずだ! アリア!」
「わかってる」
アリアは鉄心を加速させた。鋭い風切り音と共にゴルダ村の門を駆け抜けると、一列に並んだ村人が呆けた表情で、地面に空いた底なし沼のような黒い穴に飲み込まれていく様を目にする。
列の先頭では一際目を引く真紅の外套を身に纏った老人が、両手をいっぱいに広げながら恍惚と天を仰いでいた。
(あれが術者で間違いなさそうだ。しかもあんな方法で村人たちを消していたとは。どうりで一切の痕跡がないわけだ)
リアムはリタから譲り受けたガンナーを腰のホルダーから取り出し、
「アリア、僕を前に」
無言で伸ばされたアリアの右手は、苦も無くリアムをアリアの前へと座らせた。
「僕を支えながら手綱を操ることは可能かい?」
「簡、単」
リアムの体を強く引き寄せて右腕を腹に巻き付けたアリアは、残る左手で巧みに手綱を操りながら鉄心を大きく右に旋回させていく。
こちらにに気づいた様子はなく、リアムたちは術者の死角に回り込むことに成功した。
(一発で決める)
リアムは蒼気を練り上げながら血走った眼で何事かを呟いている術者の頭にガンナーの照準を合わせた。
(当たれーッ!)
引き金を引くと同時に針を穿つがごとき鋭い音が拡散した。放たれた銀弾は蒼の軌跡を描きながら術者を捉えるも、狙った頭部ではなく左腕を吹き飛ばすにとどまった。
「ちっ!」
「──⁉ 我の崇高な儀式を邪魔するのは誰ぞ?」
吹き飛ばしたはずの左腕からは一滴の血も流すことなく、術者は狂気と怒気が入り混じった表情を向けてくる。
今の攻撃で魔法の呪縛から解き放たれたらしい村人は、操り糸が切れた人形のようにばたばたと倒れていった。
(あの術者、間違いなく痛みを感じていない。血を流していないことといいどう見てもまともじゃないぞ)
リアムが続けざまに引き金を引けば、その度に蒼き光を放つ銀弾が一寸の狂いもなく術者に向かっていく。地面を滑るようにして術者の背後に回り込んだ太郎丸も、自らの体毛を硬質化し無数の毛針を放つ。
しかし、銀弾も毛針も術者の体を穿つことはできなかった。術者の体に攻撃が届く直前、七色に輝く半球状の防壁によって弾かれたからだ。
アリアはリアムを抱き寄せて鉄心から飛び降り、ふわりと地面に降り立った。
「手強いな」
リアムの横に並んだ太郎丸が牙を剥き出して言う。
「てっちゃんは私たちからうんと離れてい……て」
アリアの言葉を理解しているのか、小さく頷いた鉄心は銀のたてがみをなびかせながら南の方向へと駆けていく。
(さて……)
リアムたちは改めて術者に正対する。
互いの間を砂埃を纏った風が通り抜けた。
(一瞬垣間見た色は鮮やかな緋色だった。あの防壁の強度から少なく見積もっても烈士以上の魔導士で間違いない)
リアムの瞳は魔力の質を色で見極める。低位の魔導士であれば色に濁りが生じ、高位であればあるほど色は鮮やかに、そして艶やかに変化していく。
術者はリアムを見て感嘆の声を上げた。