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episode63 ダビテの印と謎の老人③

「待っていればいいのかな?」

「吾輩に聞かれても困るぞ……」


 待つ選択をしたリアムが厩舎の奥の様子を伺っていると、、程なくして老人が一頭の馬を引いて戻ってくる。見たことのない灰色に輝く美しい毛並みとリアムと同じ銀色を輝かせるたてがみ。そして、一切無駄のない引きしまった体は、馬に関してはど素人のリアムをして素晴らしい馬だと思わせるに十分だった。


「こんなに良い馬を貸していただけるのですか」?

「ほほう。童がこの馬の良さを見抜くとは良い目を持っているようじゃな。これは愉快愉快。童の言う通り、この馬はわしが育てた中でも抜群に足が速くそして屈強な馬じゃ。名を鉄心(てっしん)という」

「お借りできるのですね。ありがとうございます」

「ほっほっほ。礼を言うのはちと早いぞよ」


 笑みを絶やさぬ老人は白く豊かな顎髭を撫でながら楽しそうに言う。老人の意図がまるで読めず、リアムは眉は自然と中央に寄せられた。


「つまりどういうことでしょう?」

「つまりな。鉄心がそこの娘さんを拒否すれば、このまま回れ右をして帰れということじゃ」

「──ご老人ではなくあくまでも馬が乗せるかどうかで決める、ということでよろしいですか?」

「そういうことそういうこと。これもまた人生じゃ」


 馬の首を軽く叩いた老人は手綱を引いてアリアの隣に馬を寄せる。綺麗な紫色の瞳をアリアに向けた鉄心は、まるで品定めをするかのごとく、ふんふんとアリアの全身に鼻面を当ててくる。対してアリアは無表情。基本されるがままだ。

 やがて品定めが終了したのか、馬がアリアの頬に顔を寄せてきた。


「ほほう!」


 事の次第をつぶさに観察していた老人は、少年のように目をキラキラさせながら感嘆の声を上げた。

 その様子を見て、リアムはホッと息を撫で下ろした。

 

「これは合格ということでよろしいですね?」

「うむうむ。鉄心がわし以外の者にここまで気を許すなど見たことがない。文句なしに合格じゃ」

「では早速借り受けます。お代はこれくらいでいいですか?」


 リアムは懐から手早く金貨を一枚取り出して老人に差し出す。一村人にとっては間違いなく大金であるはずの金貨を老人は眉根一つ動かすことなく、しかも、つまらなそうに受け取った。


「まぁ形ばかりでも必要なことじゃな」

「形ばかり? ご老人、あなたは一体……」


 老人は再び好々爺の顔を覗かせると、


「はよ行きなされ。急いでおるのだろう?」


 農具を肩に担ぐと。飄々とした足取りで厩舎の奥に向かっていく。再度声をかけようとしたリアムをアリアが止めた。


「おじいちゃんの言う通……り。わたしたちには時間がな……い」

「……そうだね」


 今はこの老人が何者なのか気にしている余裕はない。鉄心の手綱を掴んだアリアは、鐙に左足を掛けて颯爽と跨った。念のため注意深く見守っていたが鉄心がアリアを振り落とす素振りは一切なく、首と尻尾を高く上げて嬉しさを表現していた。


「リアム」


 アリアが手を差し伸べてくる。少し冷たいその手を掴むと、アリアはリアムを抱きかかえるようにして後ろへと乗せた。


「振り落とされないようにしっかりつかまっ……て」

「わかった」

「そんなんじゃダメ」

「え? しっかり掴まっているけど?」

「ダメ。それだと全然危な……い」


 前を見たまま後ろに手を伸ばしたアリアは、自分の背中にリアムの体を強引に引き寄せて密着させた。


「あのーアリアさん?」

「これでよ……し」

「準備ができたなら行くぞ」


 太郎丸は力強い動きで先頭を駆けていく。手綱と鐙を巧みに操り鉄心を反転させたアリアは、次の瞬間には風を斬るような速度で太郎丸に追随した。

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