episode62 ダビテの印と謎の老人②
(万全を期すのであればほかのデモンズイーターにも助力を頼みたいところだけど、組織に連絡している悠長な時間なんてない。だけど、だけどアリアにもしものことがあったら僕は……僕は……)
リアムは固く握りしめた拳を見つめていると、拳の上からまるで慈しむかのようなアリアの手が覆い被さった。
「心配しないで。アリアはリアムの剣。絶対に折れることはないから」
ほかの誰にも見せることのない透明な笑みを浮かべてアリアはそう宣言する。リアムはアリアの顔にしばしの間見惚れ、その後襲ってきたむず痒さを誤魔化すように鼻の頭を掻いた。
「なにを照れているのだ。──で、決心はついたのか?」
太郎丸がふすと鼻を鳴らして言う。リアムはあえて返答することなくこれからの予定を告げた。
「ゴルダの村はここから徒歩で四日ほどかかる。〝俊足術〟を限界まで使ったところで到底間に合わない」
「当たり前だ。大体俊足術は体力をかなり消費する代物。長距離の移動に向いているはずもない」
「どうする……の?」
アリアの問いに対し、リアムは地図の一点に指を差して言った。
「ザバンの町に向かおう。徒歩でもここから半日ほどの距離だ」
「その町で馬を調達するというわけだな?」
リアムは頷き、
「それならギリギリ間に合うはずだ」
「馬、大丈夫な……の?」
心配そうな表情のアリアに向かって、リアムは殊更に胸を叩いて見せた。
「大丈夫。さすがに酔うから駄目なんて言っていられる状況でもないし」
「見ず知らずの村人をそこまでして救いたいか?」
訝しむ太郎丸に向かってリアムは大きく肩を竦めて見せた。
「そんな慈悲深い心なんて持ち合わせはいないよ。一度受けた依頼は完遂する。悪魔は一体でも多く屠る。村人の救出はついでに過ぎない。いつも通りのことをやるだけさ」
「「…………」」
太郎丸とアリアは互いに顔を見合わせると黙ったまま小さく笑う。リアムは居心地の悪さを感じて眉を顰めた。
「なに?」
「気にするな」
「そうそう、気にしな……い。もし馬に乗って気持ち悪くなったら膝枕するから安心し……て」
「安心できないよ⁉︎」
リアムたちはザバンの町に向かうべく村を後にするのだった。
▼△▼
なだらかな丘陵に寄り添うように南北に伸びる田舎町──ザバンに到着して最初にリアムが気づいたのは、住民の表情に暗い陰りが見えることだった。
その原因は住民たちの会話ですぐに判明する。
「ここもそろそろ危ないんじゃないのか?」
「行商人が言うにはドガの村の住民も忽然と姿を消したらしい。不気味なんてもんじゃねぇ」
「よりによってなんで聖女様が治める村ばかりがこんなことになっているんだ?」
至るところで会話をしていた村人の何人かは、見慣れないリアムたちに怪訝な顔を向けてくる。たが、関心が長く続くことはなく、すぐに話の続きを始めていた。
(村人失踪の噂が広まり始めている。無理もないか……)
しばらく歩いていると緩やかな坂道に差し掛かる。段々畑を背景に小さな厩舎を見つけたリアムは、干し草を馬に与えている老人に声をかけた。
「ご老人、馬を一頭借り受けたいのですが?」
手を止めて振り返った老人は、リアムの顔を見ると顔をしわくちゃにさせた。
「ほっほっほ。童がわしの育てた馬に乗ると?」
「はい。一番足が速い馬を貸していただけるとなおありがたいです」
「ほーほっほ。一番足が速い馬ときたか。しかしのぉ。その姿形では馬など思うように操れなどせんぞ。ましてわしが育てた馬はどいつもこいつも気性が荒くての。気に入らない相手であれば跨った途端に振り落とす。怪我をしたくなかったら諦めることじゃ」
なにが楽しいのかわからないが笑みを絶やさない老人に対し、リアムは苦笑でもって応じた。
「なにか勘違いをされているようですが馬を操るのは私ではありません」
「童ではないのか?──ではその隣にいる娘さんということかな?」
「その通りです」
「ふぅむ……」
マントに覆われたアリアを繁々と眺めた老人は、無言で厩舎の奥へと消えていく。
リアムと太郎丸は互いに顔を見合わせた。