episode61 ダビテの印と謎の老人①
かつて栄華を極めた国があった。しかし、天変地異により一夜のうちに灰塵に帰したと古い文献に残されている。だが、これは真実ではない。時の権力者によって捻じ曲げられた偽りの歴史である。
真実を知る者、それは唯一黒の聖書を手にした者だけである……。
(僕としたことが迂闊にもほどがある。これは死宝星ダビテの印だ)
ダビテの印はファルシオン皇国の頭上に輝いたと黒の聖書に記されている。ダビテの印を発動させたのは、当時最高の魔導士として名を馳せていたムガール・サイオン。ファルシオン皇国の宰相でもあった男らしい。
そんな男がなぜ自らの国を廃墟に変えたのかは黒の聖書でも明らかにされてはいない。ただ、ひとつだけ確実にわかることは、印が完成した暁には強力な悪魔が召喚されるということ。下手をすれば星都ペンタリアは言うに及ばず、ジェスター王国そのものがファルシオン皇国と同じ運命をたどる可能性は極めて高い。
リアムは自ら描いた線を指でなぞっていく。
(僕は大きなミスを犯してしまった。だけど致命的ではない。まだ間に合うはずだ)
リアムの指先は報告にはなかった村──ゴルダ村と書かれた箇所で動きを止めている。場所はここから東の地。村人の消失には十日の間隔があることがわかっている。ダビテの印を発動するための条件であることはもはや疑いようがなく、それはつまるところ村人たちの安否が絶望的であることを意味していた。
(直近の村人の消失は今から八日。必然的に残された猶予は後二日ということになる。その間に村人が生贄として捧げられるのを阻止できればダビテの印の発動は阻止できるはず。リタの何気ない言葉がなかったらこの考えにたどり着くことができなかった。悔しいけどリタには感謝だな)
小さく息を落としたリアムは、自分に寄り添うようにして立つアリアを見た。
「時間があまりな……い?」
「まだなにも言っていないけど……」
「わかるよ。リアムがなにも言わなくてもアリアのことをわかってくれるように、アリアもリアムのことはわか……る」
アリアの言葉に思わず唇が緩むも、すぐに顔を引き締めた。
「間に合えばいい。──ただ間に合わなかった場合……強力な悪魔とやり合う可能性もある」
「強力な悪魔? 詳しく話してみろ」
太郎丸の求めに応じる形でリアムは判明したことを語って聞かせた。
「──なるほどな。確かに脅威ではあるが吾輩とアリアがいるのだ。所詮はカビも朽ちるほどの昔の話。それほど案ずることなどあるまい」
「太郎丸は楽観的だな」
そう言いながらも内心でそれも仕方がないかとリアムは思った。黒の聖書を実際目にした者でなければリアムがどんなに言葉を尽くそうとも実感は伝わらない。黒の聖書とはそういうものだ。
もちろんアリアの強さは誰よりもリアムが理解しているし、太郎丸が十分役に立つことも知っている。それでも最悪相手にしなければいけないのは国崩しの悪魔なのだ。