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episode52 違和感①

 リアムが当初予想した通り、太陽が天頂に差し掛かる頃には第二の村へ到着した。緩やかな丘の上に並び建つ大きな風車が特徴的なこの村は、最初に人が消えたということもあるのだろう。獣によって荒らされた形跡が随所に見られる。

 とくに作物を植えている畑などはそれが顕著だった。無数の足跡が残されていて、食い散らかした芋などの欠片が方々に散らばっている。はるか遠くに目をやれば、複数の赤猪がこちらの様子を窺うような仕草を見せていた。


「赤猪か。珍しいな……よし、今日のお昼はあれを食すとしよう」


 太郎丸はリアムが口を開くよりも早く赤猪に向かって駆けていく。赤猪は鳴き声を発しながら方々に散っていった。


「いい……の?」


 太郎丸が去った方向を眺めながらアリアが尋ねてくる。


「いいもなにも行っちゃったし。とりあえず太郎丸のことは放っておいて調査を始めよう」

「うん」


 リアムは周囲に注意を払いながら慎重に村の中心に向かって進んでいく。柵が壊れた馬屋や、扉が開け放たれたままの家々を眺めながらアリアに問いかけた。


「ところでこの村はどう?」


 もちろん最初の村でアリアが感じた違和感のことである。村の中心にそびえ立つ大きな石碑に飛び乗ったアリアは、額に手をかざすと村全体を見渡すようにゆっくり回転した。


「やっぱり……ここも変。体がゾワゾワする」

「一緒か……」


 その後丹念に村を歩き回るも得るものはなかった。リアムは懐から懐中時計を取り出し蓋を押し開く。


「……まだ時間に余裕があるから次の村に足を伸ばすか」

「でも太郎丸がまだ戻ってきてな……あ、戻ってきた」


 見れば一頭の赤猪を引きずりながら太郎丸が戻ってきた。


「クククッ。中々に素早い奴だったが吾輩から逃げ切れるわけがないのだ。ということでここからはシェフの腕の見せ所だぞ」


 赤猪をリアムの前に置いて嬉々とそう口にする太郎丸へ、リアムは小さな溜息を落として言った。


「ここの調べは終わったから次の村に行こうと思っていたんだけど?」

「は……⁉️」


 なにを言われたのかわからないと言わんばかりに太郎丸は顔をポカンとさせたのち、


「こんな立派な赤猪を前にして次の村に行く⁉︎ 気でも触れたのか⁉︎」


 太郎丸は涎を垂らしながら勢いよくリアムに抱きついてきた。


「ちょっ! 離せ! マントが汚れるじゃないか!」

「吾輩言ったよな⁉ お昼は赤猪を食すと言ったよな⁉」

「わかったと言ったつもりもない!」

「嫌だ! ここで赤猪を食うと吾輩は決めたのだ! だから離さんぞ!」

「じゃあ待っててあげるから今すぐ食べなよ」

「は⁉ 吾輩に毛がついたままの、しかも生肉を食えと言うのか⁉️ お主は悪魔の手先か! 」

「悪魔はそんなことを言わないから!」

「つれないことを言うでない。吾輩とリアムの中ではないか。よいではないか。よいではないかー」


 太郎丸は前足で器用にしなを作りながら上目遣いでリアムを見つめてくる。はっきり言ってこれ以上なく気持ち悪いのだが、こうなった太郎丸が決して引かないことをリアムはよく知っている。不毛なやり取りをこれ以上続けても時間の無駄なので、ここはリアムが折れるよりほかなかった。


「わかったから離してくれ。すぐに準備をするから」

「さすがはリアム! そうこなくてはな!」


 パッとリアムから離れた太郎丸はにこやかに言う。


(ちぇっ。調子のいい奴だ。──それにしても……)


 いつもなら太郎丸がリアムを困らせればすかさずアリアが助け船を出してくれるものだが、今日に限っては一切口を開かくことがなかった。

 そんなアリアを見れば、赤猪を前に仁王立ちする太郎丸に向けて密かに親指を立てている。


(なるほどそういうことか……)


 ひとり苦笑したリアムは腰のナイフを取り出しながらアリアに火おこしを頼んだ。


「まかせ……て」


 瞬く間に薪を集めて火を起こすアリアを横目に、リアムは赤猪の皮を丁寧に剥いでいく。

 一方の太郎丸は背中にしょっている布袋を器用に前へと移動させると、鼻歌を歌いながらナフキンを取り出して首元へと巻いていく。


(ここはレストランかっつーの!)


 リアムは心の中で盛大なツッコミを入れながらも、綺麗なサシが入った肉を切り分けていくのであった。

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