episode51 調査開始④
──翌朝。
寝ぼけ眼で階段を下りたリアムは、窓越しに外を見つめるアリアの姿を目にした。いつもならこちらが起こすまで寝ているだけに、リアムの目には異様な光景に映った。
そっと隣に並ぶと、アリアは視線をこちらに向けることなく口を開く。
「やっぱり……変……」
「理由は今もって不明?」
「うん……」
昨日リアムは用心のため〝魔晶石〟を使って村全体に感知結界を張った。結局反応を示すことはなかったが、依然としてアリアの言葉は無視できるものではない。
「まぁ今はゆっくり朝食を食べよう」
「うん。朝ごはん食べ……る」
窓から視線を外したアリアは、リアムを見て頬を緩ませる。すぐに雪ような白い手が伸びてくると、リアムの頭の上を楽しそうに突き始めた。
「なに?」
「ぴょんぴょん。可愛い」
「え?……あっ!」
リアムは慌てて自分の頭に手を置いた。まさかアリアが先に起きているとは夢にも思っていなかったので、髪の毛を梳かすのを完全に忘れていた。がむしゃらに手で梳くも寝ぐせが簡単に治ることない。この寝ぐせは折り紙付きの頑固さだ。
「朝ご飯はちょっと待ってて。髪の毛を直してくるから」
「そのままでもアリアは全然い……い」
「アリアがよくても僕が駄目なの」
少しだけきつめに言うと、アリアがすかさず両手を組んだ。
「主はおっしゃいました。今日はそのままの髪で過ごすことが吉だと」
「そんなこと主は言わないよ!」
「髪の毛などどうでもよいではないか! 吾輩今にもお腹と背中がくっつきそうだぞ!」
突如声のした方向に目を向ければ、姿勢正しくテーブルに座ってフォークとナイフを握り締めている太郎丸と目が合った。
「はいはい。髪の毛を直したらすぐに朝食の準備をするから」
「すぐってどれくらいだ? 一分くらいか?」
「すぐだよ」
朝食を急かす太郎丸と唇を微かに尖らすアリアを尻目に、リアムは早足で洗面台へと向かう。
そして10分後──。
「まだか……まだか……」
「もう用意できるから!」
呪詛のような太郎丸の催促を聞きながらリアムは朝食の準備に取り掛かっている。とはいっても基本は持ち込んだものをテーブルに並べるだけなので手間はほとんどなかった。
「──用意ができたからアリアも座って」
「うん」
アリアが椅子に座ったのを確認したリアムは、棚から拝借したコップにそれぞれ水を注いで言った。
「よし。じゃあ食べようか」
「吾輩危なく死ぬところだった」
「太郎丸はいつもおおげ……さ」
リアムは黒糖パンをかじりながらテーブルの上に地図を広げると、太郎丸がしかめっ面を向けてきた。
「朝食ぐらいのんびり食わんか」
「時間は有限なの」
「はぁ……」
呆れたように溜息を吐く太郎丸を無視し地図を見つめる。調査する村は残り三つ。今日はここから北にある村へと向かう予定で、時間が許せばもうひとつの村にも足を延ばしたいところだ。
(──ん?)
ふと視界に入ったアリアはといえば、獅子の干し肉に星都で購入した肉専用の香味ソースをたっぷりかけている。
その様子にリアムは思わず眉を顰めた。ソースが旨いことは昨日の夕食時に確認済みだが、とてもじゃないが朝からこってりしたものは胃が受け付けない。顔を険しくしてアリアを見る太郎丸の様子からしても思いは同じなのだろう。
リアムは食べてもいないソースを取り除くように水を喉に流し込んだ。
「──さ、行こうか」
透き通った青い魔晶を土から掘り起こしたリアムは、漆黒のマントを身に着けるアリアと太郎丸に声をかけた。
今から出発すれば太陽が天頂に届く頃には到着できるだろう。