episodo47 死の旋律を打ち砕け!④
「吾輩はリアムと共にこちらのグリムリーバーに対処する。そっちの角付きはアリアに任せたぞ」
「うん、わかっ……た」
リアムが連携攻撃を阻止してくれたおかげで、よく見れば頭に小さな角を生やしているグリムリーバーと一対一になった。風圧と共に繰り出される拳の連打を最小の動きで躱しながら反撃の隙を伺うアリアは、内心で何度も首を傾げていた。
(今わたしと戦っているグリムリーバーはグリムリーバーだけどグリムリーバーじゃない)
でたらめに攻撃しているように見えて、その実的確に拳が振るわれている。グリムリーバーは怪力を活かした無秩序な攻撃をするのが常識。そんな認識を改める必要があると思わせるほどには、目の前のグリムリーバーは他のどのグリムリーバーとも違う。
「ギャイギャイギャウ!」
「話しかけているの? でもなにを言っているのかわからないか……ら」
嵐のような攻撃の最中、左わき腹に隙を見出したアリアは、次の拳が放たれる一瞬の間を逃すことなく斬撃を叩き込むも……。
(浅かっ……た)
グリムリーバーは即座に飛び退き、致命傷を与えるまでには至らなかった。自らの腹に手をあてがい青い血が付着した手をまじまじと見つめたグリムリーバーは、耳にまとわりつくような高音を発した次の瞬間、踵を返してアリアからどんどん離れていく。
「え……?」
リアムと太郎丸が対峙していた片割れも同様で、先へ行くグリムリーバーを追うように離れていった。
「逃がすなっ!」
コクンと頷いたアリアは、森の中をジグザグに駆けるグリムリーバーを追う。生存本能が力を限界以上に引き出しているのか。今まで見たことのない速度で駆けるグリムリーバーを、しかし、アリアはそれ以上の速度でもって追い詰めていく。
斜面に差し掛かったところでアリアが片割れを射程に捕らえた途端、突如踵を返して跳躍した片割れは、木を蹴った反動を利用し、鋭利な歯を剥き出しながら猛然と襲いかかってきた。
「そんなこともできるん……だ」
咄嗟にアリアは斜面に体を滑らせ、柄に両手を添えながら剣を真上に突き伸ばした。勢いよく突っ込んできた片割れの頭をそのまま切り裂きながら、片割れの体は左右に泣き別れ斜面を転がっていった。
体を小さく丸め前転しながら立ち上がったアリアは、勢いそのまま再び森を駆け抜けていく。
「リアムの命令は絶対。だから絶対に逃がさな……い」
アリアはさらに加速する。風景が歪みやがて泡雪のように溶けていく中、血を派手に滴らせる角付きを視界に捉えた。
さっきの片割れ同様追いつかれるのも時間の問題と悟ったのか、反転した角付きは土煙を巻き上げながら左蹴りを放つ。
グリムリーバーの攻撃はそのほとんどが拳によるもので、あとは精々が噛みつくことくらいだとアリアは思っていた。それだけに多少の驚きはあったが、攻撃そのものは至って単純なもの。
(躱すのは難しくない。だけど)
アリアはあえて直前まで蹴りを引き付け、上体を弓のように後ろへ反らしながら紙一重で回避する。蹴りは速度が乗っていただけに、空をむなしく切るだけではとどまらない。力が十分に乗っていた分、体勢を崩すのは当たり前のことだった。
「これでおしま……い」
アリアは流れるように上体を起こしながら無防備な背中に向けて剣を突き刺すと、そのまま頭に向けて振りかぶるようにして斬り上げた。青い血が木立にザバッと降り注ぎ、グリムリーバーは上半身が左右に分かれた状態でフラフラと後退していく。そして、次の瞬間アリアの視界から消えてしまった。
「──あ」
慌てて追った先は崖だった。下を覗くも地面は見えず、鬱蒼とした森が広がるばかり。さすがに命核の回収はできそうになかった。
「あーやっちゃった。リアム怒るか、な?……一体くらいなら怒らないよね。でも一番おかしなグリムリーバーだったし……」
けたたましい声が耳に届きアリアが空を見上げれば、〝大地の掃除屋〟と呼ばれている死喰い鳥が数羽、赤紫色の翼を広げながら我が物顔で旋回している。早くも死の匂いに惹かれて姿を現したのだろう。
すぐに興味を失くしたアリアは剣に付着した血糊を払って鞘へと戻すと、体に付着した泥を丁寧に払った。
「さてと、戻って残りの死体から霊核を回収しない……と」
最初に襲ってきたバーバリアンも含めれば、今回討伐した悪魔は全部で七体。回収できるのは六体分だが成果としては十分だと、アリアはひとり納得して頷くのだった。