episode42 絶望の鐘は高らかに鳴る①
「オースティン!」
「俺のことは構うな!」
一瞬の隙をつかれて腕を引きちぎられたオースティンは、それでも背後のレイチェルを守ろうと必死に戦斧を構えている。フェリスは息を荒々しく吐き出しながら、切っ先を迫りくる悪魔へと向けた。
緑色の粘膜に覆われたこの悪魔と疾風は過去二度戦い、いずれも討伐に成功してきた。だがそれは、あくまでも一体であったときの話。今回のように複数で襲われる経験などあるはずもない。
しかも、人間を見つければ見境なく襲ってくる悪魔が、今回に限ってはこちらの実力を見定めるような動きを見せ、あまつさえ連携攻撃を駆使してくる。
まるで悪夢を見させられているようだった。
(リアム君たちも今頃は……)
足でまといであるリアムを守りながら三体の悪魔と戦うのは、デモンズイーターといえども対処不可能だとフェリスは確信している。すでにデモンズイーターが敗北していたら、最悪六体の悪魔を相手にすることになる。
(それだけは断じて避けなければ!)
フェリスは声を張り上げてレイチェルを叱咤した。
「立てレイチェル! このままでは三人とも殺られる!」
「もうむり……だよ……」
だが、レイチェルは杖を胸に強く抱きしめたまま立ち上がる様子を見せない。
悪魔たちが戦意を喪失しているレイチェルを一番に狙っていることは明らかであるため、疾風の由来となった果断速攻の戦いに持ち込むこともできず、フェリスもオースティンもレイチェルを守るため防戦一方の展開を強いられていた。
この状況を打開するための策を考える暇もなく、正面にいる悪魔が恐ろしい足の運びを見せながら迫ってくる。
(過去に討伐した緑色の悪魔はこれほど速くはなかったぞ!)
フェリスが応戦するべく剣を構え直したまさにそのときだった。
「いやああああああああっっ!!」
レイチェルの絶叫が森を切り裂く。
「レイチェル!」
繰り出された拳を剣でいなしながら素早く視線を背後に流せば、悪魔に喉元を喰いちぎられたレイチェルが血の泡を吹いている。
さらにその奥では片目を潰されたオースティンが、戦斧を遮二無二振り回していた。
絶望が加速していく中、フェリスは正面の悪魔を警戒しつつ視線をレイチェルに戻す。
(もうレイチェルは……)
血の涙を流しながら痙攣するレイチェルを無造作に掴んだ悪魔は、いとも簡単に体を引きちぎってしまった。
全身にレイチェルの血と臓物を浴びながらカナカナカナと鳴く悪魔に呼応するかのように、二体の悪魔も同じ鳴き声を発する。
まるで笑っているようなその様に、フェリスは心底恐怖した。