episode41 奇襲②
(なぜだ?)
グリムリーバーは力のない者を率先して襲うことが組織の調査で判明している。だからこそ足手まといを抱えているフェリスたちに六体全てのグリムリーバーが向かうはずだとリアムは踏んでいた。
それはすなわち彼らが襲われている隙に攻撃を仕掛けるという算段は早くも水泡に帰したことになる。
(今は考えても仕方がない。頭を切り替えろ)
こちらを追ってきたグリムリーバーの目は、全てリアムに注がれている。アリアは当然として太郎丸よりもリアムに狙いを定めたのは予想通りであったが。
「チッ!」
グリムリーバーが見せた動きはまたしてもリアムの予想を超えてきた。飛び上がったグリムリーバーを追随する形で、残る二体のグリムリーバーが左右から挟み込むように襲い掛かってくる。
(回避は──間に合わない!)
リアムは咄嗟に左手を上に掲げ、半球状の防壁を自らの周囲に張り巡らした。直後に繰り出された凶悪な拳は防壁を砕くこと能わず、飛び上がったグリムリーバーの背後へ回ったアリアが即座に一刀両断する。
「ギャヒイイイイイイイイッッッ‼」
森に腐臭と絶叫が拡散すると、残る二体は軽快な動きで後ろへ飛び退いた。
「リアムごめん。反応が一瞬遅れ……た」
「アリアが謝ることじゃない」
「こやつら連携をしてみせたぞ」
「そうみたいだね」
アリアと太郎丸の反応は、グリムリーバーの連携攻撃が驚くものであったことを示していた。
(驚くのも当然だ。群れるだけでなく連携した攻撃を見せるなんて予想外の事態にもほどがある)
人間や獣なら獲物を仕留めるため連携を駆使したりもするが、悪魔は頂点捕食者。人間や獣のように群れずとも己が欲望を満たすことは十分可能であり、だからこそ単体で動くというのが一般的な解釈だ。
その解釈が崩れたことは、間違いなく大きな波乱を呼ぶことをリアムに予感させた。
「悪魔の変異体か?」
太郎丸がグリムリーバーを威嚇しながら尋ねてくる。
「今はなにもわからないけど、狙いが僕であることは一目瞭然だ。僕はこのまま囮に徹する。太郎丸はアリアのサポートを」
「承知!」
「わたしは承知できない」
アリアは不満一杯の顔を向けている。リアムはグリムリーバーから視線を逸らすことなく答えた。
「心配しなくても大丈夫。僕の防壁を簡単に破ることはできない」
「でも……」
「僕の言うことが信じられない?」
「……わかった」
会話をしている間もグリムリーバーが襲ってくることはなく、互いが奇妙な鳴き声を上げている。まるで会話をしているようにリアムには映った。
(まさかな……いや、先入観は捨てるべきだ。でないと足元をすくわれる)
グリムリーバーはジリジリとリアムたちとの距離を縮め、次の瞬間二手に分かれて襲いかかってきた。
リアムは再び防壁を展開して強烈な一撃を防ぐも、グリムリーバーに諦める様子は微塵もなく、やたらめたらに拳を叩きつけてくる。
その度に衝撃で地面が揺れ、透明に輝く防壁が悲鳴のような高音を奏でた。
(最初の攻撃で違和感はあったけど間違いない。目の前にいるグリムリーバーはこれまで討伐したどのグリムリーバーより力も速さも遥かに上だ。単なる個体差で片付けられるレベルじゃないぞ)
組織に置いてグリムリーバーはダゴンと同じくカテゴリーαの中位に属する悪魔だが、交戦中のグリムリーバーは上位の悪魔と同等の力を見せている。
リアムの頬に一筋の汗が流れ落ちた。
(このままこの攻撃を続けられるとかなりまずいな)
元々防壁は一枚の層で構築されている。人間の物理攻撃ではびくともしない代物でも、悪魔にとってはその限りではない。ではなぜ絶え間ない攻撃に今も耐え続けているかといえば、破壊される直前に新たな防壁を重ね続けているからだ。
だが、当然限界というものはある。そして、その時はすぐそばまで迫っていた。
(まだか?)
滴る汗を頬に感じながらアリアに目を向ければ、まさにグリムリーバーの首を跳ね飛ばしたところだった。
「太郎丸!」
「任せろ!」
閃光のごとき速さで駆けた太郎丸は、空中で体を捻りながらグリムリーバーの片足を前足の爪で吹き飛ばす。勢いそのまま地面を削るように滑らせながら太郎丸が叫んだ。
「アリア今だッ!」
「ナイスアシス……ト」
すでに空へと疾駆していたアリアは、剣を逆手に持ち替えながら直下のグリムリーバーに向けて突き立てる。
青い血を噴き上げながら断末魔の叫びを上げるグリムリーバーと防壁が砕け散ったのはまさに同時だった。
(間一髪ってところだった……)
安堵の息を漏らしたリアムは、駆け寄ってくるアリアに微笑んだ。
「助かったよ」
「うん。無事で良かっ……た」
「ま、いつも通り吾輩の活躍が大だったな」
「太郎丸も助かったよ」
「蒼気の練り方がまだまだ甘いぞ。グリムリーバーごときの拳で破壊されては先が思いやれる」
「ははっ。精々精進するよ」
言ってリアムは苦笑した。アリアもつられるように微笑んでいる。そんな束の間の安息を切り裂いたのは、豪快に笑う姿が印象的な男の絶叫だった。