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episode39 異常な光景②

「──話しかけても?」


 奇妙な鳴き声をあげる鳥に混じって囁くようなフェリスの声が耳に届く。リアムは首を縦に振ることで意思を伝えた。


「さっきから気になっていたんだが、彼女の歩みにあまり迷いが見えない、もしかして悪魔のいる場所に目星がついているからなのか?」

「正確な場所はわからないと思いますが、ある程度の位置は掴んでいると思います」

「それが本当なら凄いことだ。どうやって悪魔の居場所を掴んでいる?」

「それは秘密です。フェリスさんたちもそうそう手の内は明かしませんよね?」

「……まぁそうだな」


 フェリスがそれ以上尋ねてくることはなかった。

 悪魔に関しての知識などたかが知れている。組織が持っている情報とてそれほど多くはないのだ。そうでなければ数で悪魔を圧倒的に上回る人類が、今もって捕食される立場に甘んじてはいない。

 フェリスのように価値を知っている者ならば、高値で悪魔の情報を買いたいとの申し出があってもなんら不思議ではない。

 そういう意味では会話の流れに乗ってさりげなく情報を得ようとしたフェリスに、リアムは顔に似つかわしくないしたたかさを感じた。


(まぁ今回に限っては教えられる類のものでもないし……)


 悪魔を追跡するにはそれなりの知識が必須だが、今回アリアは知識とは無縁の方法で悪魔を追っている。フェリスがこの事実を知った暁には大いに呆れることだろう。だから言わないし、言うつもりもなかった。


 ──森に入ってから三時間あまりが経過した。

 リアムたち一行は森の深部と思われる場所に到達していた。空気が濃くなり、はっきりと認識できるくらい強い緑の匂いが充満している。

 リアムが違和感に気づいたのはそれからしばらくしてのことだった。


「──急に静かになりましたね」


 リアムは立ち止まって周囲を見渡した。さっきまでうるさいくらいに聞こえていた鳥の鳴き声が止み、時折顔を覗かせていた小動物も顔を出さなくなっている。地面にあれほど這いまわっていた虫までもが嘘のように消えていた。

 疾風の面々もリアムにならうよう周囲へと目を配り始める。


「……確かに静かだな」


 フェリスが目を細めて呟けば、オースティンは背負っている巨大な戦斧にゆっくり手を伸ばす。レイチェルの手には杖が握られていた。


「なにがあっても助けないから」


 レイチェルの言葉を聞き流したリアムは、西の方角をジッと見つめているアリアの隣に並んだ。


「多分あの先にい……る」

「ここまでくれば吾輩にもわかる」


 太郎丸も耳を忙しく動かしながらアリアの言に追随する。


「わかった。行こう」

「うん」


 疾風の面々に合図を送ったリアムは慎重に足を進めていく。幽鬼のように立ち並ぶ木々を背景に緩やかな斜面をゆっくり下っていくと、やがて視界が大きく開かれ──。


「え、嘘でしょ……⁉」


 悲鳴にも似た声を上げたのはレイチェルだった。斜面を下った一本道の先、キラキラと輝く湖を背に大きな影がうごめいているのが見える。

 悟られないよう声を殺しながらはっきりと視認できる距離まで近づけば、ヌメヌメとした緑色の肌が事前の情報通りカテゴリーα(アルファ)のグリムリーバーであることを示している。が、予想外なのはその数。全部で五体ものグリムリーバーが互いの体に水を掛け合っている。

 子供であれば微笑ましい光景なのだろうが、なにせ相手は悪魔である。リアムの目にはただひたすら不気味で異常なものに映った。


「なんで悪魔が群れているんだ……こんなことあり得ない」


 フェリスが驚くのは至極もっともだった。基本悪魔が群れて行動することなどあり得ない。もちろんリアムも初めて目にする光景だ。


(予想だにしていなかったこの状況、どうする……)


 リアムが思考を巡らす横で、オースティンが声を潜めて言う。


「ここは逃げたほうがいい」

「そ、そうね」


 普段はオースティンに文句を言うだけのレイチェルが、この時ばかりは顔を引き攣らせながらブンブンと首を縦に振る。彼女もこの状況がいかに異常なのかわかっているのだろう。


「見つかると厄介です。もう少し距離を取りましょう」


 リアムの案に反対する者はいなかった。グリムリーバーに悟られないようゆっくり後退する。

 視界からグリムリーバーが外れたところで、額に汗を滲ませるフェリスが口を開いた。


「私もオースティンの案に賛成だ。幻でも見せられているような気分だが、まだこちらに気付いている様子はない。最終的に討伐するにしても今のままでは戦力がまるで足りない」


 それなりの修羅場を潜り抜けているからであろう。異常な光景にも関わらず、誰も取り乱した様子を見せないのはありがたかった。ここで下手に騒がれでもしたら、一気に収拾がつかなくなってしまう。

 フェリスの話を聞きながらも懐から取り出した遠眼鏡を使ってグリムリーバーの様子を観察していると、目を吊り上げたレイチェルがリアムの肩を掴んだ。


「あんたまさかやるつもりじゃないでしょうね? あんたらが死ぬのは勝手だけど、私たちが離れてからにしてよね」

「リアムどうする……の?」

「吾輩はどちらでも構わんぞ?」


 今や全員の視線がリアムに向けられている。リアムは短い息を吐いた後、


「──ここを離れましょう」

「それが賢明だ。いくらデモンズイーターでもあの数をひとりで相手にするのは不可能だ」

「そうですね」


 フェリスの言葉をリアムはあえて否定しなかった。

 リアムたちだけなら対処が可能でも、疾風の面々がいたらその限りではないからだ。グリムリーバーを殲滅したが疾風もまた全滅しましたでは話にならない。それはすなわちリアムたちの成果を伝える者がいなくなるということを意味していた。


(最悪グリムリーバーの牙を討伐の証とすれば……いや、駄目だな。わざわざ見届け人を立てたくらいだ。聖女がそれで納得するかは微妙だ。やっぱりここはギルドに戻って疾風以上の手練れを用意するようギルド長に願い出るしかない)


 考えがまとまった矢先、アリアがキッと空を見上げて剣を抜き放つのと、太郎丸が声を張り上げたのは同時だった。


「上空から来るぞッ‼」


 全員が一斉に顔を上げて見たもの。それは魚のような細かい歯を剥き出しながら滑空する悪魔であった。


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