episode34 疾風②
アリアと共に屋敷へと戻ったリアムは、玄関ホールで階段の手すりを磨いているメイドのひとり──カリンに声をかけた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。カリンはバーンシュタインツ家を知ってる?」
「バーンシュタインツ家ですか? それはもちろん知っておりますが……なぜ私の名前を?」
カリンは怯えたような目で尋ねてくる。リアムにはその理由が全くわからなかった。
「なぜって、最初会ったときに全員名前を名乗っていたよね?」
「え⁉︎ そのときに全員の名前を覚えたのですか?」
「そうだけど……」
明らかに驚いた様子のカリンにリアムが何事かと眉を顰めていると、彼女は慌てて頭を下げた。
「大変失礼いたしました。それでバーンシュタインツ家がどうかされましたか?」
「悪いんだけどバーンシュタインツ家に僕たちがここにいることを知らせてほしいんだ」
「かしこまりました。ではすぐにお手配いたします」
さすがに聖女の筆頭執事が連れてきただけあって余計な詮索をしないのはありがたかった。
「ところで太郎丸はどこにいる?」
「太郎丸様は裏庭にいらっしゃると思います」
「裏庭ね。ありがとう」
礼を言って屋敷の裏庭に回ったリアムは、可愛らしい装飾で彩られたテーブルに座っている太郎丸を目にする。
太郎丸だけではなくメイド筆頭のステファニーも一緒に座っていた。
(なにをしているんだろう?)
近づくにつれて全容が明らかになってきた。
太郎丸とステファニーは饅頭を口に運ぶたびにくつくつと笑い合っている。太郎丸が人間と同じように食事をするのは見慣れた光景だが、その相手が自分たち以外だというだけでこんなにも違和感があるのかとリアムは軽い衝撃を受けた。
饅頭を持つ手を湯呑に変えた太郎丸とステファニーは、一口すするとまたくつくつと笑っている。
「饅頭も茶も格別だ。ステファニー殿、お主相当にできるな?」
「太郎丸様もこの饅頭とお茶の素晴らしさがわかるとは。ただの可愛いワンちゃんではありますまい」
「──見抜かれたか。それがわかるステファニー殿も只者ではあるまい」
「私はただのメイド。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……ふむ。ならこの場はそういうことにしておこう」
「くくくっ……」
「くくくっ……」
「──ねぇ、楽しそうにしているところ悪いんだけどそろそろ話しかけてもいいかな?」
完全に自分たちの世界に入り込んでいる太郎丸とステファニーへ、リアムは呆れながら声をかけた。
「おお、二人とも戻ったのか。吾輩がいなくても問題なかったか?」
「なにも問題なかっ……た」
アリアの言葉に太郎丸は満足そうな顔で頷いた。
「二人とも成長しているな。吾輩は嬉しいぞ」
「……それはどうも。明日から戦士ギルドの人たちと一緒に悪魔討伐に向かうことになったからよろしく」
「共闘ということか? 随分珍しいではないか?」
「そうじゃない。あくまでも悪魔と……ダジャレじゃないから。悪魔と戦うのは僕たちだけ。戦士ギルドの面々は僕たちの戦いを見届けるだけだよ」
「……まぁその辺の事情は後で聞くとしよう。それよりもリアムたちもどうだ? ステファニー殿が用意してくれたこの饅頭と茶は絶品だぞ」
「よろしければリアム様たちの分もすぐにご用意しますが?」
そそくさと立ち上がろうとするステファニーをリアムは押しとどめた。
「とりあえず部屋に戻ってゆっくりしたいから、面倒でしょうけどステファニーさんは引き続き太郎丸の相手をお願いします」
「かしこまりました」
「今の言葉は聞き捨てならんぞ。吾輩が面倒とはどういうことだ?」
リアムは太郎丸の抗議を華麗に無視して話を続ける。
「それとカリンに用事を頼みました。彼女がバーンシュタインツ家の人間を連れて戻ってくるようでしたら僕の部屋に通してください」
「かしこまりました。そのようにいたします」
「太郎丸、ステファニーに迷惑かけないよう……に」
「アリアに言われとうないわ!」
裏庭を後にして自分の部屋に戻ったリアムがソファで仮眠をとっていると、扉をノックする音が聞こえてくる。反射的に壁掛け時計に視線を向けると、二時間が経とうとしていた。