episode33 疾風①
「ギルド長、待たせたな!」
思わず耳を塞ぎたくなるような大音声にリアムが顔を顰めて振り返れば、
(彼らが見届け人か……)
先日ギルドの前で見かけた男たちが部屋に入ってくる。
長い金髪を竜の鬚で束ねた先頭の男は、リアムからしたら巨人と言ってもいいほどの恵まれた体躯をしている。見るからに勇ましい顔立ちはそのまま戦士としての自信に満ち溢れ、背中に背負った巨大な戦斧がそれを裏付けている。
男の太い首には黄金のプレートが誇らしげに輝いていた。
(やっぱりプラティーンの称号持ちだったか)
間近で見るもうひとりの男はかなりの美丈夫で、南方ではあまり見ることのない亜麻色の髪が美々しい鎧と相まってかなり目を引く。細身ではあるも首にぶら下げているプレートはやはり黄金で、鎧の上からも鍛え抜かれた体であることは一目瞭然だ。
顔立ちといい見た目こそ全く違う二人だが、あれだけの女たちから騒がれていたもわかるくらいには見栄えが良かった。
「はぁ……だるっ」
男たちの後に続いて気怠そうに入ってきた女は、比較的小柄で目鼻立ちは整っている。初めて目にしたときと一緒で不機嫌を顔に張り付かせているあたり、きっと常日頃からそうなのだろう。
せっかくの美人をくすませるのに一役も二役も買っていた。
(面倒そうなのはやっぱりこの魔導士だな)
苦笑するリアムの脇を男たちが興味深げな顔でそれぞれ通り過ぎていく。女はこちらを見ようともせず、ただひたすらに不機嫌さを前面に押し出していた。
「ちょうど今話が終わったところだ。紹介しよう。こいつらが今回見届け人を務める者たちだ」
「疾風の方々ですよね?」
「知っているのか?」
いち早く反応を示したギルバラートが驚いたように言う。次に言葉を発したのは金髪の男だった。
「まさか高名なデモンズイーターにまで名が知られているとは、我らも随分有名になったものだ! しかしデモンズイーターがまさかこんな小さな子供とは。いやはや全くもって驚きだ!」
なにがそんなにおかしいのか、金髪の男は豪快に笑っている。そんな金髪の男に向かって亜麻色髪の男が呆れたように溜息を吐くと、アリアに親指を向けて言った。
「そんなわけがないだろう。どっからどう見てもデモンズイーターはこっちだ」
指摘され、金髪の男はリアムとアリアを交互に見つめた。
「そうか。これはとんだ勘違いをしたものだ!」
亜麻色髪の男は再び豪快に笑う金髪の男を押しのけるように前へ一歩出て、
「すまない。オースティンはちょっと頭があれなもので。私の名前はフェリス・ダリア。短い間だがよろしく頼む」
「ダリア……もしかして塔の?」
フェリスはにやりと笑い、
「察しがいいな。確かにダリアの塔は私の御先祖様が建てたものだ」
立ち上がってフェリスと握手を交わしながらリアムも名乗り、ついでにアリアを紹介する。
「よろし……く」
「ん?」
アリアの顔を覗き込むようにして見たフェリスは、次の瞬間表情を跳ねさせた。
「女であることは一目見てわかってはいたが、まさかこんなに美しい少女だったとは意外だ。こちらこそよろしくな」
伸ばされた手をアリアはただジッと見つめている。リアムがフォローするより先に、ギルバラートの口が開かれた」
「フェリス、デモンズイーターは人見知りだそうだ」
「え? ああ……」
フェリスは苦笑しながら手を引っ込め、
「なに構わんよ。──レイチェル、これから行動を共にするんだ。いい加減君も部外者面していないで一言挨拶をしないか」
「……うるさい。どうでもいい」
フェリスに声をかけられたレイチェルはリアムたちを見ようともせず、退屈そうに自分の髪の毛を弄んでいた。ギルバラートが呆れながらも窘めないのは、不遜極まる態度が常態化しているのだろう。
フェリスはといえば、困ったように頬を掻きながら謝罪の言葉を口にする。漂い始める微妙な空気を断ち切るようにリアムは言った。
「準備もありますので出発は明日の朝にしようと思います。問題ありませんか?」
「もちろん君たちの都合で問題ない。我々はあくまで見届け人だからね」
フェリスはそう言って同意の視線をオースティンとレイチェルそれぞれに向ける。レイチェルは清々しいほどの無視を決め込み、オースティンはうむと大きく頷いた。
「全く問題ないぞ! ちなみに君たちが悪魔に殺されても案ずることはない! あとくされがないよう我々がきっちり悪魔に引導を渡してやるからな!」
オースティンが声高に告げてくる。彼に悪意がないことはこれまでの様子からしてわかるも、それでも失礼な物言いであることは確か。
抗議の意味を含めてフェリスに顔を向ければ、彼は心底申し訳ないといった表情を浮かべる一方で、オースティンの大きな尻に膝蹴りをお見舞いする。
「はっはっは! フェリスよ! そんな蹴りでは私を倒せんぞ!」
「はぁ……頼むから黙っていてくれ」
レイチェルはそんな二人を歯牙にもかけず、不機嫌を部屋にまき散らしながらひたすら手櫛で髪を梳いていた。
(フェリスが躊躇なくアリアに握手を求めてきた時点で確信はしていたけど、やっぱり呪いを気にしている様子はないな。興味を持たれるのは厄介だけど、かといって見届け人である以上邪険にもできない。多分面倒なことになるんだろうなぁ……)
リアムが内心で溜息を吐いていると、ギルバラートがソファから立ち上がった。
「どうやら話はまとまったようだな。では二人共よろしく頼む。──お前たちもくれぐれも頼むぞ」
ギルバラートに追い立てられるようにして部屋を出たリアムたちは、その場で明日の待ち合わせ場所などを決める。早々にギルドを後にすれば、ダリアの塔の鐘楼が美しい音色を奏でていた。
(まだ昼か。なら面倒ごとを先に片付けておくか……)
リアムの脳裏にはセフィリナの顔が浮かんでいた。