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episode32 総合ギルド煉獄②

 総合ギルド<煉獄>の長を務めるギルバラートは、部屋に足を踏み入れた二人に視線を移す。

ひとりは背丈からして少年。そしてもうひとりは、夜であれば闇の中に溶け込んでしまいそうなフード付きのマントに身を包んでいる少女。全て情報通りだ。


「レミ、案内ご苦労だった。下がっていいぞ」

「はい! ちなみに夕飯はトト魚のムニエルらしいですが、確かギルド長様はトト魚がお嫌いでじたよね? あ、なじてわだじがギルド長様がトト魚が嫌いか知っているかと申じますと、わだじの妹がやっばりトト魚──」

「今日は早く帰るから夕飯は必要ない」

「あ、そうでじだか。ではしんづれいいだじます!」


 頭を地面に叩きつける勢いで頭を下げたレミは、バタンと大きな音を響かせて扉を閉めた。重い溜息を吐いて椅子から立ち上がったギルバラートは、部屋の真ん中に置かれているソファに座るよう二人を案内し、自らもまた腰掛ける。

 聖女サリアーナ直々の依頼のため仕方がないが、正直招かざる客であることに間違いなかった。


(そもそも星都ペンタリアで商売を営む以上、聖女様の依頼を断る選択肢など初めからないようなものだが……)

 

 そう思う一方で、悪魔を単体で屠れるというデモンズイーターに興味がないわけでもない。悪魔を倒すには集団で事に当たるのが不文律であるからだ。

 とにもかくにもギルバラートは、当たり障りのない会話で相手の出方を窺うことにした。

 

「レミに粗相はございませんでしたか? あれは田舎から出てきてまだ間もない娘なもので」

「つまり不慣れな者を案内に寄越したということですか?」

「──っ。それは……」


 思わぬ反撃を受けてギルバラートが言葉に窮していると、険しい顔を見せていた少年は一転して無邪気な笑みを浮かべた。


「冗談です。色々とご配慮いただいたようで感謝します」


 言って少年は頭を下げた。どうやらこちらの意図は完全に見透かされていたらしいとギルバラは内心で苦笑する。


(少年と侮ってはいけないということだな。そもそもデモンズイーターと一緒にいるくらいだからただの少年であるわけもないか……)


 改めて居住まいを正したギルバラートは右手を差し伸べた。


「ギルド煉獄の長を務めるギルバラートだ。よろしくな」

「リアムです。こちらこそよろしくお願いします」


 互いに握手を交わし、ギルバラートは恐る恐るデモンズイーターにも手を伸ばす。しかし、待てど暮らせどデモンズイーターの手が伸ばされることはなかった。

 リアムは頬を掻きながらギルバラートに顔を向け、


「すみません。かなりの人見知りなもので」

「ああ、そうなのか……」


 僅かの気まずさと安堵を感じながら手を引っ込めるのと、リアムが懐から取り出したものを机の上に置いて滑らすように差し出したのは同時だった。

 一目で上質な紙だとわかるそれを手に取り見てみると、そこには流麗な文字で〝ネゴシエーター〟とだけ書かれている。


「ネゴシエーター……?」


 まるで聞いたことがない言葉に視線をリアムに向ければ、慣れた様子でネゴシエーターがなんであるかを説明し始める。話を聞きながらも、ギルバラートはリアムを観察することに余念がなかった。

 理知的な光を宿す瞳。落ち着いた立ち振る舞い。なによりも気になったのが、少年らしからぬ圧力が小さな身体の中に息づいていることだ。


(やはりこの少年は侮れない)


 ギルバラートは会話を続けながら意識をリアムからデモンズイーターへ傾けた。


(──こっちはこっちで相当にやばいな……)


 第一線から身を退いて久しいギルバラートではあるが、それでも相手の力量を推し量ることはできる。目の前で座っているだけのデモンズイーターは、しかし、過去に対峙したどんな悪魔よりも恐ろしいと思わせるだけの迫力があった。

 目深にかけるフードから垣間見える人並外れた美しい顔が恐ろしさに拍車をかけ、ギルバラートは苦味がかった生唾を何度も飲み下すこととなる。


「──簡単ですが説明は以上となります」


 リアムの説明が終わったタイミングで隣の部屋から姿を見せたギルバラート付きの使用人が、小刻みに手を震わせながらそれぞれの前にティーカップを置いていく。


「ありがとうございます」

「ひっ! い、いえ……」


 半ば逃げるように立ち去る使用人を横目に、ギルバラートはリアムに謝罪した。


「申し訳ない。使用人にはあとで厳しく言い含めておく」

「気にしないでください。いつものことなので」


 そう言って、リアムは上品な仕草でティーカップを口に運ぶ。

 ギルバラートは場を正すために、咳払いをひとつした。


「つまりネゴシエータとは契約を円滑に進めるための折衝役(せっしょうやく)と考えていいのか?」

「その通りです。ただ今回は聖女様からの依頼なのでその限りではありませんが」


 リアムが口にした通り、ギルドが悪魔討伐を依頼するわけではない。あくまでも傍観者の立場だ。それでもこちらが訝しんだことを察して、律儀にネゴシエータがなんたるかを説明してくれたのだろう。


「時間を取らせて悪かったな。森に現れた悪魔についてまとめた資料があるから早速目を通してくれ」


 ギルバラートは脇に置いていた資料をリアムの前に差し出した。


「事前に悪魔の情報があるのとないとでは雲泥の差があります。ではありがたく拝見いたします」


 手にとったリアムは素早く書類に目を走らせていく。妙に妖しい色香を漂わせながら顎に親指を置く姿に、いつしかギルバラートは魅了されていた。


「──情報から推察するにカテゴリーα(アルファ)のグリムリーバーで間違いなさそうですね。ところで見届け人はどこに行けば会えますか?」

「…………」

「ギルド長、私の声が聞こえていますか?」


 ギルバラートは少年にジッと見つめられていることに気づき、慌てて口を開いた。


「あ、ああ。申し訳ない。見届け人ならここに来るよう伝えている。予定通りならそろそろだな」


 それから約五分後。

 室内に荒々しいノック音が響き渡った。


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